12月末の英国のEU離脱に関する移行期間終了まであと一か月を切り、英国EUの官僚レベルでは日夜、交渉が続いている。交渉を一時中断して、12月5日、英国のジョンソン首相とEUのウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が一時間ほど電話で会談した。会談後の声明では「合意されていない諸問題が解決されない場合、全体の合意が得られないことになる可能性を認識している」と大きな進展がなかったことを明らかにしている。
12月10~11日に移行期間内では最後のEU首脳会議が開催される。欧州議会も12月14~17日が今年最後のセッションである。それまでに両者が合意に達するのは容易ではあるまい。
しかし、英国、EUともに合意なき離脱に伴う混乱を回避したい気持ちは同じだ。協定文書のほとんどが合意済みとみられるが、最終局面になっても溝が深いのは英国水域(正確には領海、排他的経済水域、接続水域の三者)内での漁業協定、製造業などの公正な競争ルールの策定の二点のようだ。
上記の漁業権の問題は経済的には小さな問題とはいえ、英国は主権を取り戻すのだ、と強調してきたジョンソン首相にとっては分かりやすいだけに簡単に妥協するわけにもいかない。
EU側はEUの漁獲量を「現行比15~18%程度引き下げる」(バルニエEU首席交渉官)と英国側に戻す妥協をしている。現在、英国水域で英国側が3割、EU側が7割を占めているのでバルニエ提案で英国、EUがほぼ同等になるとはいえ、英国側のシェアを6~8割程度にせよ、との要求には程遠い。
もっとも、ベルギー、オランダなど英国水域近海での漁獲高は全体の8割を占めており、EU側も簡単には引き下がれない事情がある。しかし、この問題はEU27か国全体にとって大きな争点となっているわけではない。「英
国の主権を尊重し、一方で近海諸国の漁獲量の激変につながらないように時間をかけて割当枠を調整する」といった妥協も十分あり得る。
二つ目が「公正な競争ルールの策定」である。EUは、英国側が自由貿易協定(FTA)で対等条件での交易を求めているのと引き換えに「レベル・プレーイング・フィールド」(対等の競争条件)が当然と主張している。とくに国家補助金のあり方についてはEUと同一でなければならない、英国に良い横取りはさせないとする一方、英国は主権国家であるのでEUルールに服従する気はないと対立を続けている。
現時点では「EU、英国各々が補助金支出の計画をお互いに知らせあい、もし、均等の原則が崩れていた場合には関税の賦課といった手段で対抗しうる」といった妥協案も浮上しているようだ。この問題の着地点としては「補助金に関する協定は、EUと同じ内容のように見えるが、あくまでも英国が自分で決めたものである」と面子にこだわって英国が主張した場合、EUがこれを認めるかどうかだ。
EU側の神経を逆なでしているのは、この期に及んで英国のジョンソン首相が上院で否決された北アイルランドを巡る国内法案を再度下院に提出してきたことだ。もちろん、EU首脳は激怒した。国内でも英国首相経験者の5人が国際法に照らして協定締結後、その内容を変更するというのは違法ということで猛然と批判した。
上院でも11月11日、433:165の大差で否決した。もう一つジョンソン首相を悩ませているのは新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、ロックダウンを再開する方針に与党から造反が相次いでいることだ。12月1日の下院では2日まで続いたロックダウンを緩和して地域ごとの感染状況に見合った規制導入を諮ったところ、保守党から約50人が造反した。
造反議員は経済の再生を優先すべきだと不満を述べていた。
また2016年のEU離脱キャンペーンの参謀格であったカミングス上級顧問も11日、首相府内部の権力闘争に抗議して辞表を提出した。Get Brexit done(早くブレグジットを終わらせよう)などのスローガンを考案してきたやり手の離反はジョンソン政権にとって大きな痛手となろう。
離脱強硬派に亀裂が走った訳で、EUとの交渉に影響を及ぼしかねない。さらに米国大統領選では、EU離脱を支持してきたトランプ大統領が敗退して、アイルランド移民の末裔であるバイデン大統領が「EU離脱でアイルランド和平が崩れるようなことがあってはならない」とジョンソン政権を強く牽制していることもジョンソン首相にとっては気がかりであろう。
いずれにしても、国内では、かたやコロナ禍、かたや保守党内の造反、と苦境に見舞われているジョンソン首相はいま一つ元気がないようだ。そうした中で対外的にもEUとの交渉決着にせまられている訳だ。ジョンソン首相は相変わらず、12月31日の移行期間を延長するつもりは全くない、と言明している。
ドーバー海峡を挟んで検閲でトラックが大渋滞を起こし物流が滞(とどこお)る、保存がきかない野菜などの生鮮食品が不足する、といった事態が起こらない保証はない。