バイデン次期大統領は、注目されていた財務長官にジャネット・イエレン前FRB議長を据える見通しだ。イエレン氏は女性として初のFRB議長であったが、アメリカ建国以来の重要ポストである財務長官としても初の女性長官となる。
イエレン氏はNYのブルックリンで生まれて今年74歳になる。ブラウン大学を経てイエール大学で経済学博士号を取得している。イエール大学では、トービン教授の指導を受け、不況時には政府の支出拡大が需要を喚起することを信じる米国ケインジアンの一員でもある。夫のジョージ・アカロフ氏もエコノミストでノーベル経済学賞を受賞している。
FRBを中心に金融行政の経験も豊富である。クリントン政権下の1997年に大統領経済諮問委員会(CEA)委員長を経て2004年から2010年までサンフランシスコ連銀総裁に就任、住宅バブルの崩壊やリーマンショックと戦後最大の不況を経験した。2010年から2014年まではFRB副議長としてバーナンキ議長の下で金融緩和に努めて金利水準をほぼゼロパーセントまで誘導した。
オバマ大統領の指名により2014年から2018年までFRB議長を務めた。この間にバーナンキ議長が路線を敷いたゼロ金利解除にあっては、早期利上げを主張するタカ派と急ぎ過ぎる解除に反対するハト派の間を仲介して、ゆっくりとしたテンポで解除に向かった。もちろん、イエレン氏自身は雇用拡大を最重視するハト派でそれは今も変わっていない。
イエレン氏の学識、行政面の能力は高く評価されている。また国内外の金融界、経済界にも豊富な人脈を有する。このため、財務長官就任には学界、金融市場、ワシントンの行政当局、政界、いずれからも多くの賛意が寄せられている。
新型コロナ感染の拡大に際しては、「財政支出の拡大を一挙に止めるべきではない」として、大胆な財政支出を通じる景気回復と雇用増加を一貫して訴えてきた。大統領選勝利後にバイデン、カマラ・ハリス両名の次期正副大統領にもその考え方を説明して強く支持されたと伝えられている。
バイデン次期大統領も2兆ドルのインフラ投資などの財政支出の拡大を経済政策の基軸に据えている。フランクリン・D・ルーズベルト大統領が1930年代の大恐慌から脱出すべく、ダム建設などの公共投資による景気回復を期したニューディール政策を見倣っているとみられる。
そのような時に景気浮揚と雇用拡大を一貫して主張してきたイエレン氏を財務長官に据えることで、自分の方針を体現して経済運営にあたってくれると見込んだことは間違いない。
金融市場ではバイデン政権誕生後、国債の大量発行に伴い、長期金利が上昇しかねない懸念が強まっている。イエレン氏はFRBに長く在籍して、パウエル議長ほかのFOMCメンバー、さらにはFRBスタッフに大きな影響力を持っている。このため、イエレン新財務長官が古巣のFRBと連携して財政金融政策の一体的運営を目指す、より端的に言えば超低金利を続けて国債発行コストが上がらない状況を続けていくものとみられる。
イエレン新財務長官は、インフラ投資の拡大や医療制度の充実などを主眼とする財政支出を拡大して、全米ならびに労働経済学が専門の自身にとっても最大の課題である雇用の回復に取り組んでいくであろう。
イエレン氏が財務長官に就こうとする場合、難関となりそうなのは過半数を制しそうな上院での共和党との対決である。そもそも財務長官の人事承認権は上院にある。共和党では保守派を中心にこれ以上の財政赤字拡大に反対する声が強い。
ムニューシン財務長官が12月末に実施期限が到来するFRBのコロナ対応の融資政策延長にノーを突き付けたのが好例である。しかし、共和党の反対多数でイエレン氏の財務長官就任がブロックされる可能性は少ない。共和党内でもイエレン氏の卓越した手腕を買う向きが多いためだ。
ちなみに2014年のイエレンFRB議長就任に際しても上院共和党からスーザン・コリンズ(メイン州選出)、リチャード・バー(ノースカロライナ州選出)など有力議員十数名がイエレン氏支持に回っている。
むしろ、財務長官就任後、共和党のマコーネル上院院内総務らと拡張的な財政政策や企業、富裕層への増税、国債発行上限額を巡ってタフな交渉を必要とする苦労が並大抵のものではないであろう。いくらイエレン氏がFRB時代を中心に政界にも人脈を広げたといっても、オバマ元大統領が「シカゴの地方政治家のような」と嫌った百戦錬磨の議員連中と立ち向かうのはかなり大変であろう。
また、民主党全体が左傾化している中で学生ローンの肩代わり、ウォール街への規制強化などを主張する左派との融和も難しい課題だ。しかし、左派のリーダーの一人で大統領選予備選にも出馬したエリザベス・ウォーレン上院議員(マサチューセッツ州選出)も「イエレン氏は頭脳明晰で、かつタフであり、節操のある優れた人物だ。ウォール街とも対決してきた」とイエレン氏を高く評価したうえ、早々に支持を表明している。
正式な発表は11月30日まではないとみられるが、新型コロナウィルス感染の拡大で米国経済の先行き不安が広がっているだけに、イエレン新財務長官の財政手腕にすでに多くの期待が寄せられている。