米国のトランプ大統領は、民主党のバイデン候補が大統領に当選すれば「米国は中国の支配に置かれる」と批判を続けている。
たしかにバイデン候補はオバマ政権の副大統領としてソフト路線を示してきたが、大統領に就任すれば、中国に対してはハード路線で臨むと思われる。
米国は1971年のニクソン訪中以来40年以上、中国に対しては友好的なスタンスを維持してきた。とくに中国が1991年に世界貿易機関(WTO)に加盟して以降は、中国が西欧流の自由主義、民主主義に近づくと確信して、中国をおだてて米国に引き込もうと狙っていた。
しかし、2016年に誕生したトランプ政権は、むしろ中国を手ごわい、そして不正直な競争相手とみなしてきた。
中国からの3,700億ドルにおよぶ輸入品の2/3に高率関税をかけたほか、新通信規格5Gで世界をリードするファーウェイ(華為技術)や米国でも人気のTikTokを運営するバイトダンスなどのビジネス拡大をストップさせる強硬な政策に出た。ヒューストンにある中国領事館の閉鎖にまで突き進んだ。
バイデン氏は40年に及ぶ政治キャリアにおいて世界の指導者と米国の主導する世界的な秩序、いわゆるワシントンコンセンサスの形成に力を尽くしてきた。中国の開放度を増すことを通じて米国と世界全体にとって大きな利益をもたらすと考えてきた。
トランプ大統領はバイデン氏が上院議員として、さらにオバマ政権の副大統領時代を通じて中国に融和的なスタンスを取り続けてきたことを批判する。
トランプ陣営のキャンペーンで、バイデン副大統領が2011年に「中国が繁栄することは米国の利益にかなう」と発言したビデオを繰り返して流してきた。確かにバイデン氏が習近平政権の国家主義的かつ専制主義的な側面に気が付くのに遅れたのは事実であろう。
しかし、現在ではバイデン候補の認識も拡張主義的な中国の経済、政治、軍事各面に亘る戦略を危険視することではトランプ政権と大きな違いはないように思われる。
経済面では中国企業が多額の国家補助金を得て急速に成長を遂げているAI(人工知能)、量子コンピューター、新通信規格5G、などの戦略的ハイテク技術で米国が中国に負けるわけにはいかないという点では全く異論はないとみられる。
トランプ大統領が課した輸入品に対する高率関税も、少なくともバイデン氏の就任当初は大部分維持されるであろう。民主党はもともと労働者の党であり、クリントン政権における日米自動車貿易戦争がよい例であるが、保護貿易で労働者の仕事を守るのは民主党の党是であるからだ。
しかし、トランプ大統領とバイデン氏では、戦術的にあるいはメッセージの発信の仕方では大きく違いが生まれてくることであろう。米中貿易戦争の真っ只中であっても太平洋を行き来する2か国の貿易総額は5,000億ドルを超えている。アップルは、アイフォーン製造の多くを依然として中国で行っている。バイデン氏は現実に中国との経済関係を無視した議論はあり得ないとの立場である。
バイデン氏は「トランプ政権は中国のみならず、欧州、カナダ、メキシコ、韓国などとも貿易摩擦を生じさせてきた」「私なら同盟国と争うようなことは避けて、これら同盟国などとグローバルな共同戦線を張って中国に当たる効率的な方法を選択する」と言明している。
またバイデン氏は中国にグローバルな協調行動を通じて貿易問題や南シナ海への進出などの軍事的な勢力拡大を抑制する一方で、気候変動など中国と協力すべき課題については排他的な動きはしないとしている。
トランプ大統領は気候変動そのものに否定的であったが、バイデン氏は対照的に「気候変動は人類存亡の危機につながる問題」としており、世界最大の炭素排出国である中国を巻き込まない限り、この問題の国際的な解決はあり得ないとのスタンスである。
またトランプ大統領は、新型コロナウィルスの感染拡大を巡って中国を孤立させるとともに中国の影響力が大きすぎると断罪してWHO(世界保健機構)を離脱した。これに対してもバイデン氏はWHOに復帰するとともにグローバルなアプローチで中国に対してプレッシャーをかける戦略を取るとの方針を示している。
最新の世論調査によると、米国民の73%が「中国を好まない」と2011年同調査の36%に比較すると倍増している。ちなみに「中国を好ましい」としたのは22%と9年前の調査の51%の半分以下となっている。このような世論も踏まえると、バイデン氏も中国に甘い顔は見せられないであろう。
一方で米中貿易戦争は経済的な損失をもたらしている。ムーディーズ社の試算によると、米中貿易戦争で30万人の仕事が失われ、GDPを0.3%低下させている。トランプ大統領は中国が誓約した航空機、農産物などの購入でマイナスの効果は相殺されると強調している。
これに対してバイデン陣営では「米国をより競争的にするのはトランプ大統領ではなく私だ」と自信を示している。バイデン氏は中国流の市場に対する国家介入を容認したうえ、米国企業に対しても巨額の政府資金を注入することにより米国企業の国際競争力を引き上げていく方針を明らかにしている。
このように米中の二大国による覇権争いは共和党、民主党のいずれが政権を取るかにかかわらず続いていこう。その領域は宇宙開発、先端技術分野の競争、アジア、アフリカ、中南米などでの軍事・外交面での優位性確保など様々な分野におよぶであろう。