韓国政界が揺れている。尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏は、検事総長から大統領選挙に出馬して辛くも「ともに民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏を破って大統領に就任した。
その尹政権が2022年5月に発足していまだ半年強しか経っていないにもかかわらず、支持率は50%台から一時30%台を割り込むほど急降下した。政権不支持率は60%台に急上昇している。政権不支持率が60%を上回ったのは文在寅(ムン・ジェイン)政権で発足4年後、その前の朴槿恵(パク・クネ)政権でも発足2年後であった。任期はあと4年半もあり尹政権がどうやって失われた求心力をどうやって高めていくのかが難題である。
低支持率の背景はいくつかある。まず検察出身者や身内を閣僚や秘書官等に重用したことが大きな批判を生んだ。統一相、国土相、法相といった閣僚に加えて金融監督院長などを検察出身者が占める。また、与党「国民の力」党内での内紛も国民の批判を生んだ。尹氏勢力と対抗した李俊錫(イ・ジュンソク)代表が解任された事件だ。最近ではソウル梨泰院で発生した死者150人以上を出した雑踏事故の責任を問う声も高まっている。生活苦を招いている物価高騰に対しても有効な手を打てないことへの批判も高まっている。
そもそも尹錫悦氏を支える与党「国民の力」は全議席(300議席)のうち、115議席に過ぎず、野党である「ともに民主党」は169議席と圧倒的議席差で過半数を制している。尹政権は常に野党の協力を得られないと法案も通らない脆弱な政権基盤のもとにある。
それでも尹錫悦大統領は保守政権らしい政策を打ち出してきた。外交面では米国との同盟関係強化を進める一方で北朝鮮には厳しく当たってる。前任の文政権が左派革新系であったため北朝鮮との融和を目指す一方で米国との間には距離が生じたのを修復しようと狙っている。あわせて日本とも関係修復の姿勢を打ち出している。この9月には日米韓三か国が米国の原子力空母と共に実践的な共同演習を行った。
一方で北朝鮮には上記共同演習の実施に見られるように厳しいスタンスを明確化している。北朝鮮が核ミサイルを発射した場合には「先制攻撃」を辞さないと明言、南北融和を掲げた文前政権とは対照的なスタンスを示している。これに反発した北朝鮮は相次ぐミサイルの発射などで威嚇を強めている。
中国は輸出、輸入とも25%内外のシェアを有する最大の貿易相手であり、かつ北朝鮮に強い影響力を持っているため、尹政権も関係維持には腐心している。米国のペロシ下院議長が訪韓した際には台湾問題で憤る中国を刺激しないように尹大統領は面談せずに電話で会談して中国への配慮を示したほどだ。懸案のTHAAD配備については在韓米軍でなく韓国軍が直接運用することで中国の警戒を解こうと努めている。
尹政権は経済政策の面でも保守陣営らしい政策を打ち出している。まず地球温暖化防止では2050年にカーボン・ニュートラルの達成目標は変えないものの、文前政権が打ち出した再生可能エネルギー発電比率の引き上げは現実的ではないと見直しを図った。
その代わりに2030年の電源構成目標について原子力発電の比率を23.9%から32.8%へと引き上げた。老朽化した原発の稼働延長、新規原発の建設を打ち出している。ただ、足元では鉄鋼、石油化学など製造業の温室効果ガスの排出量が増えており、脱炭素化は容易ではなさそうだ。
財政政策でも、文前政権が左派らしく年金や児童手当など社会保障支出の大盤振る舞いや中小零細企業に対する補助金拡大によって財政赤字を膨らませた路線を否定した。新型コロナ対策として計上されてきた中小零細企業向けの多額の補助金を見直して23年度予算では1/3にまで削減するなど、市場重視を掲げて健全財政を志向した。
この結果、23年度予算の財政赤字は13.1兆ウォンと1/5に縮小した。尹政権はその代わりに大企業を中心とする半導体などの戦略分野の育成に資金投入を行っていく方針を示した。
尹政権の経済面での最大の課題は、高騰を続ける物価の抑制であることは疑問の余地がない。消費者物価(CPI)は、2022年7月に前年比+6.3%と1998年11月以来ほぼ24年ぶりの高水準を示した後も10月も同+5.7%とインフレ目標値(2%)の3倍近い水準となっている。10月のCPI上昇の内訳をみると、電気水道ガスが23.1%、食料品が9.5%、工業製品が6.3%と軒並み上昇している。
このような物価の上昇に伴う実質所得の減少は、ロックダウン等の影響から立ち直った消費活動に影を差した。さらに主力産業である電子機器や半導体製造部門では半導体市況の下落などから生産、設備投資への下方圧力が増して製造業セクターのGDPは22年第2、第3四半期と二期連続でマイナスとなった。IMFでは22年の実質成長率見通しを2.6%と21年の4.1%から大幅に低下すると推計している。
一方でソウルを中心とした都市部のマンションブーム過熱は21年6月の前年比19.5%をピークに低下基調を示して9月には同3.1%まで低下するに至った。韓国銀行では物価上昇を抑制するために2021年8月以降、今年の11月までに9度の利上げを行い、政策金利を3.25%まで引き上げた。これを受けて変動金利型のウエィトが高い住宅ローンの金利が上昇したことなどが響いている。
対外面では尹政権となっても米国から為替操作監視対象国に指定されたままだ。これは当該年次(21年7月から1年間)における全体の経常収支黒字が4.0%と同対象国の基準(3%)を上回っているうえ、対米貿易黒字が320億ドルと米国が示す基準(150億ドル)を大幅に上回ったためである。
ウォンレートは韓米の金利差拡大やエネルギー関連の輸入代金急増などを背景とする経常収支の赤字転化などから22年夏場頃から下落歩調をたどり、10月下旬には1,440ウォン近辺まで下落、現在も1,300ウォン近辺で推移している。
このように尹政権は経済面でも物価の上昇に伴う実質所得の低下などを背景とする消費支出の足踏み、金利の上昇に伴う住宅投資の減少など個人部門における支出行動の慎重化、輸入コストの増大に伴う経常収支の悪化、など多くの課題を抱えている。尹政権がグローバルインフレの下で韓国経済を持続的な成長に乗せるのは容易ではない。
さらに長期的な視野に立っても難題山積である。とりわけ韓国社会が直面する最大の難関は急速に進む少子高齢化である。2021年の出生率は0.81と過去最低を更新した。一方で65歳以上の高齢者人口比率は2045年で37.4%と日本の同時点(36.7%)を抜いて韓国が世界一の高齢化社会になる。
さらに生産年齢人口(16~64歳)は2018年の3,765万人をピークに減少に転じている。経済成長は労働、資本の投入量で決まる。現在2%台半ばとみられる潜在成長率が1%台に低下するのは必至とみられる。日本のみならず中国、韓国が少子高齢化で成長力が落ちてくれば、日本経済にとっても大きなマイナスとなろう。
韓国の少子高齢化で問題視されているのは年金制度が未整備で公的年金受給者の比率は52~53%程度と低く、受給水準も低いことだ。これが高齢者の貧困問題につながっている。尹政権も年金改革に乗り出す姿勢を示しており、国会に年金改革特別委員会を設置して改革の議論を開始した。
韓国社会の受験競争の厳しさはつとに知られているところだ。また、大学、大学院卒業者は約70%と日本(61.5%)をも上回る世界最高の高学歴社会である。その一方で若年層失業率は8%程度で推移している。これらの原因は親も子供もずば抜けて賃金水準が高く、社会的なステータスも高い財閥系企業を筆頭とする大企業への「狭き門」を目指すからだと言われる。
大企業と中小企業の賃金格差があまりにも大きく、大企業に就職できるまで就職浪人(語学力やITリテラシーを高める修行に費やす)となるため失業率も高くなるという仕組みだ。逆に中小企業はなかなか優秀な人材を集められない。ドイツや日本のような製造業王国では中小企業のプレゼンスが大きい。韓国も中小企業の育成にいま以上に力を入れていくべきであろう。
いずれにしても、韓国が「漢江の奇跡」と呼ばれる高度成長時代を終えて、内政、外交、経済とあらゆる面で改革を要する難しい時代に入ったことは確かだ。しかし、尹錫悦大統領は少数与党で政治基盤も弱く、国民の支持率も歴代政権で最低の部類にある。朝鮮王朝時代の王宮であった青瓦台を出て、国防部の建物に大統領府を移すなどの人気取り政策の効果も一巡した。
個人的には左派の文前政権が北朝鮮に対する融和を優先して米国、日本との関係が希薄化したこと、大衆迎合主義で財政赤字を大幅に拡大させたことに比べると、尹政権の米国との関係重視、北朝鮮に対する厳しい姿勢や財政健全化のなどの内外での政策は当を得ているように感じる。しかし、支持率が下落して議会も野党が多数を制している中で思い切った政治改革、経済構造改革を実施するのは困難であろう。