1月5日に行われた米国ジョージア州における2議席をめぐる上院決選投票では、大接戦の末、民主党が2議席を確保した。ジョージア州法で「投票率50%を超えた候補がいない限り、2回目の決選投票を行う」と定められている。同州の2議席が11月の本選で誰も50%を超えた候補がいないため、2議席の決選投票となったわけだ。
この勝利は民主党にとって極めて大きい。民主党候補の応援に入ったバイデン次期大統領が「たった一州での結果が米国を、さらに世界を動かす」と力説したとおりである。11月の本選では、上院の全100議席のうち、共和党が50議席、民主党が48議席となっていた。ジョージア州で民主党が2議席を制した結果、両党の議席数は50:50と同数になった。
上院議長を兼ねるカマラ・ハリス副大統領の一票が加わるのでホワイトハウス、民主党の主張が通ることになった。民主党が史上最高の5億ドルの資金を投入した選挙運動を展開して必勝を期したのも理解できよう。同州で1議席でも共和党に奪取されていれば、共和党が上院の多数派になっていた、というまさに薄氷の勝利であった。
ジョージア州は元々、共和党が支配的なレッド・ステート(共和党のシンボルカラーにちなむ)であった。しかし、昨年11月の大統領選でバイデン候補が1万2千票、得票差率0.2%という僅差で勝利して同州を制したのが民主党の大統領候補としては1992年のビル・クリントン以来という快挙であった。州都アトランタを中心に多様な人種による人口流入が続いていた影響も大きい。
保守派に根強い人気を誇るトランプ大統領も駆けつけて共和党候補の応援に入った。ただ、共和党候補の応援というよりは、もっぱらペンス副大統領に上下両院議員の前で儀礼的に行われてきた大統領選の投票確定でトランプに軍配を挙げろ、という懲りない主張に終始していた。共和党候補に有利に働いたかどうかは定かではない。
民主党が上院多数派となった影響を考えてみよう。まず、上院の委員長ポストは多数派が独占でき、本会議に上程する法案の優先順位などを選べる。また米国独特の高官の政治任命も上院の過半数で承認されるのでホワイトハウスの望む閣僚や次官、次官補などがスムーズに任命される。
上院で承認を要する政治任継職は1,300名程度の規模である。もし、共和党が上院多数派となっていれば、強面(こわもて)で鳴るミッチ・マコーネル共和党院内総務が指名人事を阻んでいたことは間違いない。
また、共和党が上院多数派であれば、実現不可能であった社会的弱者に配慮した民主党らしいバイデン新政権の政策綱領の多くが陽の目を見ることになる。ホワイトハウス、下院、上院とすべてを民主党が制したからだ。同政策綱領にはコロナ感染対応のほか、2兆ドルに及ぶ環境政策、社会保障、医療、教育制度の諸改革法案など総額7兆ドルに及ぶプランが盛り込まれている。
まずコロナ感染対応では、バイデン次期大統領が最重視する所得補償などのコロナ救済法案が現行の共和・民主合同案である9,080億ドルから民主党案に沿って規模が拡大されよう。
またバイデン新政権の政策面での目玉とされる、2兆ドル規模のインフラ整備を中核とする気候変動対策も実施されよう。これは電気自動車(EV)普及のために全米に50万ヵ所の充電スポットを設ける、公用車300万台をEV等に切り替える、などの施策を通じて2050年までにカーボン・ゼロ社会を実現する計画である。
民主党左派の主張にも配慮して社会保障、医療、教育制度改革にも乗り出す。医療制度改革としてはオバマケア法をさらに一歩進めて低所得者を対象とする無料医療保険の創設、不法移民にも公的な医療保険オプション加入を認める、メディケアの受給資格を60歳(現行65歳)に引き下げる、など格差是正に乗り出す方針である。
教育制度では、乳幼児に対する保育システムを無償で提供する、中低所得層を対象に州立大学の学費を無償化する、などが挙げられている。
このような大規模な歳出増を賄う財源として今後10年で企業、富裕層に対する4兆ドル規模の増税措置を打ち出す。法人税率を21%から28%に引き上げる(トランプ政権が35%から21%に引き下げた半値戻しになる)、所得税の最高税率を37%から39.6%に引き上げる、年収100万ドル以上の納税者を対象に配当ならびにキャピタルゲインに39.6%を課税する扱いとする。
トランプ大統領が米国第一主義で打ち出した諸政策もバイデン次期大統領の手でひっくり返すことになる。まず即座に、トランプ政権が実施したイスラム教徒の米国への渡航禁止、いわゆるドリーマー(16歳未満で連れられてきた不法移民の子)の米国滞在禁止といった措置を大統領令の発出により無効にしよう。
さらに、トランプ大統領が脱退した気候変動に関するパリ協定、イラン核合意への再加入なども実現し、WHOへの脱退通知も取り下げることになろう。
ただ、オバマ政権の副大統領として習近平副主席(当時)の米国訪問時も接遇にあたって以来、交流があるバイデン次期大統領としても厳しい対中姿勢は暫く堅持するものとみられる。米国製品4,000億ドルを政府調達することなどを通じて製造業の雇用を増やすことを謳っている以上、中国との大幅な貿易赤字は許容されないからだ。また米国民の7割近くが中国嫌いといった世論に配慮する必要がある。
しかし、バイデン次期大統領が重視する気候変動対策では中国の協力が不可欠であり、中国からの輸入品に対する高率関税の緩和などをそのための「武器」として利用するかもしれない。
さらに多角的な通商交渉でも、もともと民主党政権は多くの場合、国内の雇用確保の観点から保護主義的なスタンスを取ってきたのでTPP11加盟なども消極的であろう。