イタリアでは2月3日に7年間の任期満了となるマッタレーラ大統領の後任最有力候補としてドラギ首相の名前が取り沙汰されている。もし当選すれば、イタリアの元首たる大統領としてクイリナール宮殿(大統領公邸)の主(ぬし)として7年間君臨することになる。
ドラギ氏は、首相として合理的で手堅いアプローチで国内ならびに海外、経済界からの信頼を勝ち得てきた。世論調査でもドラギ氏はもっとも大統領の資質に満ち溢れた完璧な候補とみられている。ただ、そうなると、ドラギ首相の辣腕で成し遂げたコロナ感染の拡大抑制やEU復興基金を通じたイタリア経済再生プログラムなどの先行きに暗雲が立ち込める懸念も指摘されている。
ドラギ政権は、ポピュリズムの左派「五つ星運動」、極右「同盟」などの多党連立で構成されている連立政権であり、各党の支持基盤や政策綱領はまったくバラバラである。そうした不安定な政治力学のなかで、ドラギ首相はイタリアに「安定と成功」の例外的な時期をもたらしてきた。
彼は危機にあえいでいたイタリアの社会、経済を回復軌道に乗せるべく奮闘した、と高い評価を与えられている。
ドラギ首相は、コロナウィルス対策では懸命にワクチンの早期接種を目指してきた。ただ足元ではオミクロンの蔓延に襲われている。経済面ではEU復興基金からの資金協力によってインフラ基盤の整備と大胆な財政刺激策を採っていく。いまや100年に一度とも言ってよいイタリアの潜在成長力を引き上げるとともに、世界有数の国家債務を持続可能なものにする絶好の機会を得た、と言えよう。
しかし、ドラギ首相は奇跡を起こしたわけではなく、経済・社会改革は始まったに過ぎない。イタリアの経済、社会問題には元々そう簡単には覆すことができない根深いものがある。議席を持たないドラギ氏は2023年の選挙に立候補するつもりは毛頭ないと明言している。
しかし、もしドラギが首相の座を去り大統領に指名されることを欲しているのであれば、2年目に突入する改革プランが暗礁に乗り上げかねないことも懸念されている。
同改革プランでは、長年の経済停滞とコロナ感染の拡大から疲弊したイタリア経済の長期的な経済成長率を引き上げることを企図している。しかし、EUの資金拠出は税制改革、競争力の強化が見返りとなっている。もし、その実行が危うくなれば巨額の政府債務問題やイタリアのユーロにおける位置づけも危うくしかねない。
ドラギ首相が大統領に替われば、烏合の衆とも言うべき連立政権が瓦解し、早期の解散・総選挙に至るかもしれない。またEU復興基金に依存した改革も立ち消えになる恐れがある。一方でドラギ氏が大統領に就任すれば成熟した、安定的な影響力行使をして長年、混乱に満ちたイタリア政界を立て直すかもしれない、という楽観論も一部に存在する。
イタリアの大統領選出は白日の下に指名されることもなく、また、そもそも一般国民の投票にかけられて決定されるわけでもない。議会のメンバー、地方の代表など千名による秘密投票を経て決定される。
過去の選出された候補には、主流の政治家からポップスター、著名人までその時によって千差万別ある。さらに第一回投票で投票数の2/3を越える票数を獲得すれば選出されるが、普通は複数回行われて最終的に過半数を得たものが選出される。
こうしたスキームで実施されるイタリアの大統領選出選挙は予測不可能と評判が悪い。しかし、74歳になるドラギ氏はライバルのいない最有力候補者である。MITで経済学博士号を取り、ECB総裁になる前に財務次官やイタリア銀行総裁にもなった経済金融の運営においては熟練のエキスパートである。昨年2月に前政権が瓦解した混乱の極致にあったところにテクノラートとして首相に白羽の矢が立った。
ドラギ氏は今後6年にわたり総額2,220億ユーロの復興プログラムを起草した。うち9割にあたる2,000億ユーロをEUの復興基金で賄う。この野心的な経済・社会の改革プログラムには環境、デジタル投資など「イタリアを近代化するための戦略」(ドラギ首相)が盛り込まれている。
もっとも、インフラ投資プログラムに偏重しているとの批判も起こり、ドラギ首相はフォンデアライアン欧州委員長ら旧知のEU首脳への根回しに動いて着地させた。EU首脳の信頼が厚いドラギ氏が首相でなければ、イタリアが2,000億ユーロを勝ち得るのは難しかったであろうとの評価が一般的である。
ドラギ氏が大統領に指名された場合、その後任が埋まらないで空席になるか、あるいは後任を選出することになっても、だれが首相に選出されるかがイタリアの先行きを占う大きな鍵を握る。なお、現職の首相が大統領にそのまま移行したことはない。
ドラギ氏が大統領に指名された場合の最初の仕事は議会の支持を得られる新首相の指名になる。連立政権は違うテクノラートが来年の総選挙まで務めることが想定されている。その候補としてはイタリア銀行出身のダニエル・フランコ蔵相、ヴォ―ダフォーンのヴィットリオ・カラオ氏らの名前が挙がっている。
しかし、各政党ともドラギ氏が抜けた後に苦難多い経済社会改革を行うことは難しいと踏んでいる。最大会派の五つ星は早期解散総選挙に乗り気ではないものの、もし後継首相の選出に失敗すれば早期選挙への風が高まることになろう。
大統領はイタリアの日常の政治に参画するものではない。とはいえ、近年は元首としてたんに儀式的な行為のみに専念しているわけでもない。首相を指名し、閣僚の選出に賛同する、あるいは反対の意を表明することもある。楽観派は、EUとの関係が良いドラギ氏は首相時代ほど直接的ではないにせよ、改革のプロセスにも相応の影響力を及ぼすものと期待している。