ドイツがコロナウィルス感染対策で従来とは様変わりの対応を見せている。
長年、ドイツと言えば、均衡財政主義の下での財政赤字転化、ユーロ共通債の発行、ユーロ圏の財政統合のいずれにも強い拒否反応を示してきた。しかし、この2~3週間、ドイツはこの頑なまでの姿勢を他の欧州諸国が驚くほど敏速に修正してきた。
仏独の合意である5,000憶ユーロの復興ファンド構想を作成したのもドイツ財務省である。
従来のドイツであれば、イタリア、スペインなどの南欧諸国を主対象とする経済支援は貸出形式にしていずれ返済させるところだ。これを思い切って贈与としたところが驚かせた。
メルケル首相はコロナウィルス感染の拡大防止を論理的に説明して丁寧に国民に呼びかける姿勢が内外から高く評価された。EUの経済パッケージについては、最後にはコロナウィルス感染に見舞われたイタリア、スペインなどの南欧諸国に贈与ベースで資金供与することがEUの存続につながるとの英断を下した。
ドイツはギリシャ金融危機の際には思い切った緊縮策の履行、さもなければユーロ離脱を、と迫った。しかし、小国のギリシャと違い、イタリア、スペインはユーロ圏で第3、第4位の経済大国である。
両国ともコロナウィルスの感染者数、死者数で欧州では英国に次いで多い。しかもイタリアでは急速な経済悪化にもかかわらず、ユーロ圏の救済措置が遅れていることから国民の反ユーロ意識が強まり、世論調査では4割以上がユーロ脱退もやむなしと回答している。スペインも4月の鉱工業生産は-22%の記録的落ち込みとなった。
英国に続いてイタリアまで脱退してしまえばユーロ圏が崩壊することを恐れたドイツの政治的決断である。
ドイツと共同歩調を取ってきた北部ヨーロッパのオ-ストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデンの「倹約4か国」(Frugal 4)が贈与形式に強硬に反対している。
欧州委員会は贈与形式のファンドとして5,000億ユーロ、貸出形式で2,500億ユーロと折衷案を示してきた。画期的なのは債券発行で必要資金を調達するほか、独自の税収を確保しようと動いていることだ。ただ全会一致で決定しなくてはいけないのでまだ紆余曲折があるとみられている。
そしてメルケル首相はコロナウィルスに伴うロックダウンで落ち込んだ自国経済を再生するためにも全力を注いでいる。ブンデスバンクによると、ドイツの今年の実質成長率は-7.1%、来年が3.2%、再来年が3.8%となる。
こうした情勢下、メルケル首相、連立政権は2020年と2021年の2年間にわたり1,300億ユーロ(GDP比4%)という1949年の連邦成立以来最大の規模となる1,300億ユーロの経済パッケージを発表した。メルケル首相は700万人のドイツ国民が解雇、雇い止めとなる事態を打開しなければならない、と強調した。
ブンデスバンクによると、本措置で実質成長率は今年が1%、来年が0.5%ほどかさ上げされて今年は-6%程度と他のユーロ諸国に比べると、相対的に良い。ドイツの1~3月のGDP成長率は-2.2%のマイナスとなった。その後、4月も製造業受注が25.8%と既往最大の落ち込みとなったほか、鉱工業生産も二桁のマイナスとなった。ドイツの4~6月の成長率はもっと大きな落ち込みとなろうが、大胆な金融財政政策によって4月には大底を打ったとみられる。
内容的に最大の特色は付加価値税(VAT)を7月から12月末まで19%から16%へと引き下げ、食料品などの軽減税率も7%から5%に引き下げることだ。
200億ユーロの所得拡大効果があり、消費の向上に役立つことが期待される。また個人向けには子供一人当たり300ユーロの所得補助も織り込まれた。ただ、同国最大の産業である自動車産業が要望してきたガソリン、ディーゼル車の販売インセンティブが含まれず、EVだけしか補助金適用(購入者に9,000ユーロを補助)にならないことに失望しているが、これはEV推進をねらう産業政策である。
このほか、都市封鎖に伴う苦境を緩和するための資金供与のみならず、成長促進のための技術革新や成長阻害要因の除去も謳った。電力代金を新エネルギー向け(太陽光、風力発電補助金)の課金を減らすことによって引き下げる。
また税収減に陥った地方政府に対する連邦政府支出もある。さらに6~8月に限定してホテル、レストラン、バー・クラブなどコロナショックにより多大の影響を受けた接客ビジネスに250億ユーロ、さらにAIや量子コンピュータなどの将来のドイツ経済に向けた投資活動の促進にも500億ユーロを当てた。米国がFANGを抱えているのに対してドイツはテック産業の弱さが目立ち、これを打開する必要性を感じているからだ。
ECBは今年の成長率は8.7%のマイナス、来年は5.2%、2022年は3.3%の見通しである。ECBでは7,500億ユーロの債券買い入れを発表したのに続き、6,000億ユーロの追加債券購入を発表、総額で1兆3,500億ユーロとした。今年末までの期限も来年6月まで延長した。
今後、年末までの国債発行額が1~1.5兆ユーロとなるとみられるのでこれでは足りず、市場筋では9月にも5千億ユーロの追加を予想している。これも本来ならドイツが財政赤字の中銀ファイナンスは基本法で禁じられていると反対する代物だ。
しかし、理事会メンバーであるブンデスバンクのワイトマン総裁らが警告を発したようだが、やむを得ない措置として決定は全員一致であった。ECBチーフエコノミストのレーン氏は「もし、ECBの金融政策とEU、各国の経済パッケージがなければ経済活動は数段ひどい状況に置かれていたであろう」とコメントしている。
このようにドイツはコロナウィルス感染拡大に伴うEUの経済悪化を背景にEUの復興ファンド、自国の経済パッケージ組成にあたって従来にない積極性を発揮した。またECBの債券買い入れプログラムという名の財政ファイナンスにもあえて反対を示していない。
イタリア、スペインの離脱など、EU存続の危機にあたって思い切った救済措置が必要と割り切った。後から振り返ると、2020年がドイツにとって、またEUにとってもEU統合の深化に向かう転換点となったとみられるかもしれない。