バイデン大統領は、2020年の大統領選で世界中が辟易したトランプ前大統領に打ち勝って今年1月に就任した。世界中が、ようやく世界のリーダーとしての米国が戻ってきたと歓迎した。
しかし、まだ就任以来1年にもならないのに綻びが目立ってきた。米軍のアフガニスタン撤退に伴う混乱、民主党内の分裂による大規模な財政支出プランの迷走、などが続いている。もっとも、これまでは確かに政治的には苦戦を続けているが、致命的なことにはなるまいと見做されてきた。
昨年11月の大統領選で民主党が10%ポイントもリードしていたバージニア州で11月2日に知事選が行われた。民主党の前知事が投資ファンドのカーライルでCEOを務めた共和党候補ヤンキン氏に敗れた。
さらにショッキングであったのは、ニューヨークに隣接する圧倒的なブルーステート(民主党支持州)であるニュージャージー州知事選でも民主党候補がギリギリの勝利にとどまったことだ。バイデン大統領のリーダーシップ、実行力が疑われ始めたと言ってよい。
換言すれば、上院議員、副大統領を経験したベテラン政治家だ、という政治的遺産が大きく食い潰されつつある。バイデン大統領は、国民からの信認を失うか、ここで立て直すことができるか、という瀬戸際にいる。
そもそも、米国経済はパンデミック後の好景気を主導してきた財政支出効果が一巡して景気減速の局面に入りつつある。FRBも量的緩和の段階的縮小(テーパリング)を打ち出した。バイデン大統領支持の背景には経済の好調、雇用の増加とワクチン接種の推進に伴うコロナ感染の収束期待の二つがあった。
しかし、いまや5%を超えるインフレが何カ月も続き、特にガソリン価格の急騰などエネルギー価格の上昇により国民も生活に対して不安を募らせている。コロナ感染も変異型ウィルスのせいで中西部、南部を中心にいまなお収束の気配はうかがわれない。しかも、バイデン政権は国民が抱くこの二つの疑問に真っ当に応えようとしない。
メキシコからの移民問題で「メキシコから来ないで」という発言で失望を買ったハマラ・カリス副大統領もバージニア州知事選挙の応援で「ここで勝てないと2022年、24年の選挙で民主党は苦戦を強いられる」というばかりでこの2つの疑問に答えられなかった。
能弁だが、中身のないスピーチを繰り返すため、バイデン政権の支持率低下につながるだけでなく、ハリス副大統領が果たして2024年の大統領選で高齢のバイデンにかわって次期大統領候補に推せるかどうか疑問符が付くようになった。
いま、バイデン政権の失墜を防ぐために大統領、民主党が直ちになすべきことは、民主党内の内輪もめを一刻も早くやめることだ。幸い、下院で止まっていた1.2兆ドル規模のインフラ投資法案は上院に続き、下院も通過して成立にいたった。
あとは民主党上院議員二人の抵抗でダッチロール状態になっている1.75兆ドル(当初の3.5兆ドルと比べて規模は半減)の社会保障充実、気候変動対策を含む「より良い再建(Build Back Better)」法案をまとめ上げて議会を通過させることだ。
バイデン大統領も議会対策のベテラン、と称された力を発揮して米国民に疑われつつある実行力を見せつけるべきだ。
バイデン大統領としては、当初から比べれば財政支出の規模が縮小して、目指していたルーズベルト大統領のニューディール政策、社会保障の充実をうたったジョンソン大統領の「偉大な社会」には及ばないのが内心では悔しいに違いない。
しかし、いつまでも迷走を続けていると、40%台というトランプ大統領とも並ぶ低い支持率がさらに低下して2022年の中間選挙、2024年の大統領選で民主党が一敗地にまみえる公算が高い。
バージニア州の知事選敗北でもう一つ分かったことは民主党の文化的な問題が浮かび上がってきたことだ。出口調査で選挙民の関心事項として教育問題がコロナ感染などを抜いてトップとなったことだ。
民主党政権の急進派(progressive)が進めようとする「民主的な」米国史(インディアンの掃討、奴隷売買にスポットライトを当てるなど)が郊外に住む穏健派住民などから子供が偏見に富む教え方をされるのではないか、との困惑に結びついている。民主党の政策は左傾化している、との見方は国の内外で増えている。
バイデン大統領は、急進的な思想を持つ選挙民ではなく、トランプ前大統領を嫌う穏健な市民の支持で選ばれたことを銘記すべきだ。バージニア州知事に当選したヤンキン氏も賢明にも支持を得たトランプ前大統領の応援演説を受けなかったことが当選につながったともいえる。
来年の中間選挙でトランプ前大統領がバイデン氏の前に立ちはだかることはない。バイデン大統領の真のライバルは、6兆ドル規模の財政支出プランを提唱したバーニー・サンダース上院予算委員長、オカシオ・コルテス下院議員らの民主党内の急進派であり、彼らの主張をどれだけ抑えられるかにかかっている。