クロアチアは旧ユーゴスラビアから独立した国であるが、われわれ日本人には遠くて馴染みのない国ではあった。しかし、サッカーワールドカップで日本のベスト4進出を阻み、見事3位になり、たちまち有名になった。余談であるが、クロアチアはネクタイ発祥の地としても知られており、欧州でネクタイを指すクラバト(Cravat)という表現もCroat(クロアチア人)を起源としている。
そのバルカン半島の小国クロアチア(人口約400万人)が今年1月1日から欧州単一通貨「ユーロ」を導入することになった。1ユーロ=7.53450クロアチア・クーナが交換レートとなる。またユーロ導入とともにECBにもメンバーとして政策決定に参加することになる。
同国はユーロを利用する20か国目の国となる。その前は2015年にリトアニアがユーロ導入を図った。あわせて域内の出入国手続きを廃止する「シェンゲン協定」にも参加する。ただし1月から廃止するのは陸、海路のみで、空路は夏ダイヤに改正される3月26日より出入国手続きを廃止することとなった。
欧州委員会が2022年6月に「収斂報告書」を発表してクロアチアのユーロ導入、ユーロ圏の加入が認められた。この中で物価安定性、健全な財政、為替レートの安定性、長期金利の安定性の4つの基準をすべて満たしたとされた。
ちなみに欧州委員会によると、21年中の物価上昇率は2.7%、財政赤字のGDP比は-2.6%、経常収支も黒字(GDP比3.2%)であった。さらに同国の法制度がEU法等と整合的であることも確認された。なお、ブルガリアは物価安定性の基準を満たしておらず、2024年に加入を目指すこととなった。
ユーロ導入の話をする前にまずクロアチアがEUに加盟した経緯を振り返ってみよう。同国は2013年7月に加盟申請以来10年がかりでEU加盟を達成した。EU加盟を満たすには市場経済体制であること、EU予算の負担など経済協力負担に耐えられることに加えて民主主義、人権尊重の社会であることが必要条件として挙げられる。
クロアチアは、この民主主義、人権尊重の項に抵触するとみられていた。クロアチアのEU加盟が難航したのは同国が東側に属する旧ユーゴスラビア連邦の一員で1991年の独立後も行政府、裁判所、警察などで汚職が蔓延していたためだ。
しかし、「クロアチアは加盟基準を満たすものの、汚職防止などは引き続き要監視とする」との条件付きで加盟を認められた。それは当時の政治情勢を加味した結果であった。すなわち、ユーゴスラビアから独立するにあたって旧ユーゴスラビアの主流であったセルビア人勢力と連邦離脱派との間で激しい内戦が起きてクロアチアは主戦場となった。
最終的にはロシアとの関係が深いセルビア人勢力と対峙した連邦離脱各派がNATOの支援を受けた共和国として独立した。クロアチアのほか、スロベニア、セルビア、モンテネグロ等が6か国に分かれた。
西欧側は改めて、かつて火薬庫と呼ばれたバルカン半島の政治的、経済的安定性の重要性を認識して、西側陣営に引き込むためにも、加盟の条件を満たしているかグレーであったクロアチアのEU加盟を認めたのであった。このようにクロアチアは、EU諸国の中で必ずしも加盟を歓迎されたわけではなかった。そのためクロアチアではEUとの協調に努力してきた。
クロアチアのユーロ導入について欧州委員会では「価格の透明性を高め、輸出入の取引コストを削減することを通じてクロアチアの競争力を高めるメリットがある」(ジェンティローニ委員)としている。ユーロ圏との経済関係をみると、貿易ウェイトで5割以上、対内直接投資で7割近く、さらに旅行者の7割を占めるため、たしかにクロアチアにとって恩恵が大きいことは間違いない。
また、ウクライナでの侵略戦争の最中、ロシアが欧州の団結にひび割れを起こそうと狙っている時に、クロアチアがユーロを導入することになったのは欧州の団結を象徴する出来事とも捉えられよう。
実態的にはクロアチアはすでにユーロの利用が進んでいる。銀行預金の5割、貸出の6割がすでにユーロ建てとユーロ圏外の国としては最も利用が進んでいると言って良い。
2022年9月以降、価格設定の透明性を改善するためにクロアチアの商店では価格をクーナとユーロの両建てで示している。もし、ユーロへの転換でどさくさに紛れて値上げをするような真似をすれば罰せられる。
クロアチアにとって外国為替のリスクから逃れられるメリットは大きい。自国通貨が対ユーロで下落すれば、債務返済負担が増大する。クロアチアの外貨準備高はGDP比40%に達する。これはそうした事態に備えたものであるが、ユーロ導入により多くの外準を持つ必要はなくなる。
EUには加盟しているが、単一通貨ユーロを利用できないハンガリー、ポーランド、チェコは自国通貨減価に伴い、為替市場介入や金利の引き上げを強いられた。三か国の長期金利は5~8%まで上昇して財政負担の増大も招いている。クロアチアがユーロ導入すればこうした負担が避けられるわけだ。クロアチアの10年物国債利回りは、22年秋以降ユーロ導入を控えていたため、3.5%程度とイタリアやギリシャを下回り、スペインとほぼ同じ水準となっている。
クロアチアは前身のユーゴスラビア時代も含めて1980年代から1990年代にかけてインフレが高進する一方、その抑制に失敗した歴史を持つ。しかし、その後はインフレ収束に努めてきた。懸念されるのは、物価上昇率がエネルギー価格高騰などグローバルインフレの影響を受けて22年中で10.1%と二桁台に上昇していることだ。ユーロ圏の消費者物価上昇率(11月前年比13.5%)も依然として高い。
このようにインフレがすでに高いときに、ユーロへの移行、開放経済化を進めることは、ユーロ圏からの輸入を通じて便乗値上げも含めて物価高騰のリスクをさらに高める可能性があることだ。
ユーロ圏から見た不安は、クロアチアのような経済的パワーに欠ける小国がユーロ圏の一員になることであろう。クロアチア経済はユーゴスラビアから分離・独立後、GDP成長率が4~6%、物価・為替も安定してきた。
しかし、外国人の旅行収入など外部依存度が高く、個人消費も消費者信用の拡大によって増加してきた側面も大きい。クロアチアに限らず、最近ユーロ圏に加入したリトアニア、2024年に予定されているブルガリアも含めて、いったん金融危機が到来すればギリシャ金融危機の再来になりかねないと恐れられている。
その場合、ユーロ圏の大国ドイツ、フランスや北欧、ベネルクス諸国など富裕な国の金融支援が嵩むことになるため、これらの国民の警戒感も解けていない。逆にクロアチアにとってはユーロ圏に仲間入りすることの最も大きなメリットは、金融危機に見舞われたときにEUの支援を見込めることであろう。