インドのモディー政権が誕生して1年余りが経った。グラジャード州知事として経済発展を遂げさせた実績を背景に内外から大きな期待が寄せられた。まず実質成長率は15年第1四半期で7.5%と同時期の中国の成長率(7.0%)を抜きさりG20で最高となった。10%近い実質成長が当たり前であった2006~7年頃と比べると物足りないととはいえ、まずまずの結果と言えよう。
二桁台を続けてきた物価上昇も石油価格の低下も相俟ってこの4月には4.9%まで低下した。このため、三回にわたる政策金利の引き下げが可能になった。早くも名総裁との声が高まるラジャンの下でインフレ目標値の導入も決定された。さらにGDP比5%内外で推移してきた膨大な経常収支の赤字も1%以下まで縮小して、弱小通貨の代表だったインド・ルピーも安定してきた。
このようにモディー政権誕生以来、短期的にはインド経済はまずまずのインフレなき安定成長を遂げたと評価できよう。ただ、これらの経済パフォーマンス改善はモディー首相の改革の成果というよりも石油輸入国として原油価格の低下や国際商品市況の下落に助けられた面が大きい。モディーは単に運が良かっただけ、との酷評もある。
問題はインド経済にとって必須である中長期的な点からの構造改革にモディー首相が取り組んでいるかどうかである。たしかに就任後、腐敗とクローニズムが蔓延する前政権までの旧弊打破のため、鉱山採掘権や国有資産の売却を入札制に替えた。ディーゼル燃料の価格統制の廃止や保険事業の外資出資比率引き上げなどにも手をつけた。賛否両論があるが、貧困層の金融市場アクセスを高める(financial inclusionと称している)ため、国営銀行に7500万口座の新規開設をみた。
一方で大きな改革は停滞している。実現を目指した財サービス税(GST)の導入にあたっては議会成立が滞り、仮に上下院を通過しても全29州の州議会の賛同を得る必要がある(連邦税であるサービス税と州税の付加価値税を統合したのがGSTであるため)ので相当の時間がかかろう。地権者の権利が強すぎて工場設立などが容易でないとして経済界から要望されてつづけている土地収用法の改正は反対が強く暗礁に乗り上げている。
モディー首相が掲げる“make in India" (インドで作ろう)はモディーの来日以来わが国でも有名になったスローガンであり、外資導入により産業振興を図ろうとする改革の目玉である。インドはゼロの概念を作り出したように数学的思考に優れ、ITソフトウェア産業などはいまや世界のメッカである。
雇用吸収力に優れた製造業が少ない。製造業のシェアを現在の16%から2022年までに25%に引き上げようとしている。そのためには3つの改革が必要だ。一つは解雇が困難なことなどで知られる労働法制の見直し、第二が遡及して課税することが頻繁に行われるような税制の透明化と改革だ。第三が電力供給の安定化、鉄道網の整備、石炭事業などの民営化を通じたインフラ基盤の強化だ。
いずれも言うは易く行うはかたし、の典型だ。インドは世銀のビジネス環境調査で現在189か国中142位と劣悪の部類にある。これをモディー首相は今後5年で50位以内に入ることを目指す、と約束しているが、実現は容易ではない。
就任後一年を経たモディー政権のインド経済界での評判は決して高くはない。鉱工業生産の伸びは鈍く、消費回復の動きも鈍いからだ。14年第4四半期の時価総額1億ドル以上の100社の純利益は前年を6%下回った。今年の8.1~8.5%の成長目標達成は危ぶまれている。
「ビジネスマンと貧困層」の双方の友であろうとしたモディーだが、大衆人気にも陰りが見える。2月に実施されたデリーの地方選挙では70議席のうちインド人民党(BJP)は3議席しか取れない惨敗を喫してインド政界に衝撃が走った。
BRICSと呼ばれた新興国経済の中でインドは唯一バラ色に見えていた。他のブラジル、ロシア、中国、南アフリカはいずれも厳しい景気悪化に見舞われている。
近い将来、中国の人口も抜くのは確実だ。またグジャラード州を屈指の経済圏に成長させたモディーの登場による経済構造改革でインド経済の躍進が期待されていた。しかし、モディー首相は必ずしも経済自由主義の信奉者ではない。グジャラード州知事時代もそうであったように、シンガポール、インドネシアに代表される東アジア型の国家資本主義による経済発展を目指している。それによる大規模な雇用創造を目指すのは決して間違ってはいないが、問題は実効ある改革策に踏み込めるかどうかだ。
過剰規制、石油・石炭・銀行などに及ぶ国営企業への非効率な国家資金投入を改めねばならない。バーゼルⅢの導入を控えて体力の弱い銀行にまで自己資本比率目標達成のために公的資本を注入するのは控えなければいけない。おそらく大多数のインド人が懐疑的に見ているだろう市場機能を重視した経済運営に努めていかねばならない。
モディーの大衆人気は依然として高い。Minimum Government(最低限の政府)とかmake in Indiaのような分かりやすいキャッチフレーズ、批判もあるがすべてを自分が決めるという率先垂範の指導力は疑いようがない。人気のある今のうちに大胆な改革を示してほしいものだ。