トルコリラが11月7日、中銀総裁が解任されて経済界からも信任の厚いアーバル新総裁が就任、さらに9日にはエルドアン大統領の娘婿で専横を極めたアルバラク財務大臣も解任されて、トルコリラは急騰を示した。
その後11月19日にトルコ中銀が政策金利(一週間物レポレート)を10.25%から15.00%へと一挙に4.75%引き上げたことで市場はリラ買いに走った。エルドアン大統領も20日の会見で「いまは多少の苦い薬を飲むべき時だ」と利上げを肯定した。
エルドアン大統領は20日の会見でも「利上げはインフレを生む」という独特の経済哲学を繰り返していた。アーバル新中銀総裁から外貨準備の払底など、経済苦境の真実を知らされた。エルドアン大統領の側近はイエスマンばかりで耳に痛いことを入れる人材に欠いていた。短期的には不本意な利上げをのまざるを得ないとしたのであろう。
これを機に通貨暴落が続きながら大幅利下げに踏み切ってきたという真逆の経済政策は正常化するのであるか。また、身内の失脚を乗り越えてエルドアン政権も立ち直りを見せるのであろうか。それを知るにはエルドアン大統領の長きに及ぶ政治生活を振り返ることが必要だ。
エルドアン氏の18年間におよぶ国政を振り返ると、2001年に政党(AKP、公正発展党)を立ち上げた。イスタンブール市長時代はイスラム主義に立脚していたが、AKPは親欧州で企業寄りの開明的なスタンスを打ち出した。
このため、多くの賛同者を得て総選挙で勝利した。2012年に首相に就任したエルドアン氏はインフラ基盤への投資や医療制度の改革に着手してトルコ経済を高度成長路線に乗せた。2007年には海外からの直接投資が190億ドルというピーク水準を更新するにいたった。
こうした中でエルドアン氏は政権基盤を固めていった。また当初は家族の政権への登用などのネポティズムに否定的であった。周囲から実の娘を顧問に登用してはどうか、とのおもねりにも敢然と反対したほどであった。
しかし、幾度かの総選挙に勝ち続けていくうちに、権力に固執するとともに、それを脅かす政敵も増えていった。
エルドアン氏は疑り深さと恐怖感が次第に募っていき、その政治スタイルは大きく変化していった。2013年の反政府運動ではエルドアン首相退陣を求める数百万人のデモが数か月にわたって続いた。その後もエルドアン首相はトルコ独特のディープステート(deep state)と呼ばれる諜報機関、治安機関、司法、軍などの高官による反民主主義的なグループによる政治的な策動、とりわけ軍部によるクーデターを恐れるようになった。
やはり最後に信頼できるのは家族のみ、という心境に追い込まれていった、と言われる。
政界でもエルドアン氏とともにAKP創設に加わったギュル元首相や国際金融界でも著名なババジャン元副首相、ダウトオール元首相らが、専横さを増すエルドアン氏と袂(たもと)を分かち、新政党の立ち上げなどに動いた。有能な腹心を失い、否応なく、エルドアン氏自身が政策決定の最前線に立つことが増えていった。
そうした中で2016年7月には軍によりクーデター未遂事件が起こり、エルドアン氏は危機一髪のところで難を逃れた。元々、憲法を改正して国家元首である大統領の権限を大幅に強めようとしたエルドアン氏に対する反発から生まれたクーデター劇であった。この事件で批判的なジャーナリストを含む20万人以上が逮捕、拘束された。
2018年7月に大統領に就任したエルドアン氏は、弱冠40歳の娘婿アルバイラク氏を財務相に登用した。一般国民、議会のみならず政権内でも多くの異論があった。それでも、エルドアン氏は米国の大学で学び、英語を流ちょうに話す娘婿に信頼を寄せ続け、いずれAKPを率いていく存在に育て上げようとしていた。
しかし、アルバイラク財務相の「俺は何でも知っている」といった傲岸(ごうがん)な態度、それと反比例する政策の拙さが内外に知れ渡っていった。
アルバイラク財務相はリラ安とインフレが高進しているさなかにあって、消費者の歓心を買うために小売業者に値下げを求め、銀行には貸出をどんどん増やして信用膨張を起こすようにと内々命じていた。為替市場でも、リラ売り取引の抑制を求め、海外投資家には株式、債券市場から出て行けと語るなど、経済原則を全く無視する無能ぶりを示した。
一方で、中央銀行には利下げと為替市場での徹底的なリラ防衛を命じて、外貨準備は払底してリラ暴落に拍車をかけた。リラは彼の在任の二年間で46%も減価した。
アルバイラク財務相からの情報のみを受け入れてきたエルドアン大統領には「すべて上手く行っている」と説明しており、エルドアン大統領は就任以来約2年間で1,400億ドルもの外貨をドブに捨てて、外貨準備が枯渇ないしは実質的にマイナス(中銀が外貨買い入れ)となっていることを知らされていなかったようだ。
エルドアン大統領がアーバル総裁から外貨準備の払底やリラをこれ以上の暴落から救うためには利上げしかないと知らされて、直ちにアルバラク氏は辞表を提出した。その間の事情は明らかにされていない。ただ、政治通の見方では、これでアルバラク氏のAKP党首就任などの道はふさがれたとの見方が多い。
またエルドアン氏自身も大きな痛手を受けたことは間違いない。すでに昨年の地方選挙で首都アンカラや自らが市長を務めたイスタンブール市長選でAKPは敗北を喫している。野党も勢いづき、23年の総選挙でAKPを打倒して大統領再選を阻止すると意気込んでいる。
しかし、今年66歳のエルドアン氏は、抜群の記憶力、タフガイ的な振舞い、米国、ロシアなどを相手に繰り広げた世界におけるトルコの強国ぶりなどで経済の苦境にもかかわらず、なお多大の大衆人気を勝ち取っている。そのカリスマ性は「トルコの田中角栄」とも称されている。18年間も政治的危機を何度も乗り越えて国家権力を把握してきたエルドアン氏がそう簡単に土俵を割るとも思えない。
経済政策面では、いまは金利引き上げを受け入れたとしても、リラ相場が落ち着いてくれば、早晩、かつての低金利政策推進に戻るであろう。また厳しい構造改革を迫るであろうIMF借り入れには引き続き抵抗を示すのも間違いない。そうなると、再び経済危機が到来する公算が強く、エルドアンの後継者を論じる世論が高まってこよう。