英国政府からの独立機関である予算責任局(the Office of Budget Responsibility )では10月に「ブレグジットは長期的には英国の潜在的なGDPを4%引き下げる」とするレポートを公表した。4%というのはコロナ感染拡大によるGDP下押し圧力が2%であるからその2倍のダメージがあるということになる。
予算責任局の見通しでも、英国の長期的なトレンド成長率は年間1.7%という悲惨な数字となっている。2022年以降の成長率見通しを見ても22年が2.1%、23年が1.3%、24年が1.6%と低い水準にとどまっている。
英国経済の成長が大幅減速となる最大の要因は、EUとの貿易取引の減少である。EU離脱以来、英国とEUとの貿易は輸出入とも15%も減少した。これは算術的には、予算責任局OBRによる4%の成長率低下見通し(年間800億ポンドのGDP損失)の2/5がすでに実現してしまったことを意味している。
貿易の減少額は年間320億ユーロに相当する大幅なものとなっている。英国の名目GDPは約2兆ポンドであるので、これはGDP比1.6%と4%にあたるのである。
英国政府はEUの代わりに英連邦諸国やアジアとの貿易を促進するという「世界の中の英国(Global Britain)」を標榜して彼らとの貿易拡大に取り組んだ。しかし、豪州との取り決めで増えた輸出の寄与度は0.01%に過ぎない。EUとの貿易ウエイトが4割を超えていただけに15%の落ち込みは他では穴埋めできない。
英国経済が危機にあるというのに、ジョンソン首相は本気でこのような夢物語が実現できると考えているのであろうか。
ジョンソン政権は、英国がコロナワクチン接種を早く進めることができたのはブレグジットでEU本部での官僚的な決定プロセスを回避して英国政府が機敏に動いたためだと自画自賛していた。しかし、新規感染者数は再び急増している。
そもそもEUを離脱した最大の理由は低スキル労働者の移民制限であった。実際、入国制限を通じて実現した。この最大の「ブレクジットの配当」はいまどういう評価となっているのか。つまり、低賃金でも働く移民を排除して、英国民の雇用が増えたのか。答えはノーだ。大型トラック運転手や食肉処理など移民が担っていた労働に英国民が替わっていないからモノ不足が起きているのが現状だ。
最近のエネルギー価格急騰も加わり英国の物価上傾向は続いている。10月の消費者物価前年比は3.2%とイングランド銀行のインフレ・ターゲット(+2%)を越えている。イングランド銀行は今回の政策委員会では利上げを見送ったが、12月には利上げ実施が予想されている。
財政ポジションも悪化している。コロナ対応のレガシーとして財政赤字や英国版国民健康保険(NHS)の赤字が膨らんできた。これに対しては法人税の引き上げや健康保険料の引き上げで対応せざるを得ない。企業も個人も増税等により純利益、可処分所得は大きく圧迫されよう。
世論調査会社YouGovの世論調査によると61%の有権者が「政府はブレグジットの運営で上手く対応できていない」と否定的な回答を寄せている。
長期的には英国経済はEU離脱後の捗々しくない貿易パフォーマンスが持続することにますます力を失ってゆくであろう。GDPのトレンド成長率はコロナ感染前のそれをずっと下回り続けたままであるのは「終わりのはじめ」であろう。
筆者には経済的な損失もさることながら、最近のアイルランド問題を巡る英国とEUの衝突も重視せざるを得ないとみている。11月12日にEU離脱問題を担当するフロスト内閣担当相と峰州委員会のシェコチョフビチ副委員長がアイルランドの貿易問題などについて会談したが、予想通り結論が出るには至らなかった。
EU離脱協定に盛り込まれた北アイルランド議定書では、EU加盟国のアイルランド共和国と英領である北アイルランド間の自由な物流を認めるという、事実上、従来と同様に国境に検問所などを置かない自由な移動を認めた。アイルランドの長年にわたる流血を再現しないためだ。
その代わりに北アイルランドと英国本土間のモノの移動について検査を導入した。英国本土からの商品が北アイルランド経由でアイルランド共和国に本来必要な関税を課さずにしり抜け取引になるのを防ぐためだ。
しかし、ジョンソン政権は北アイルランド向けの物流に支障をきたすという理由で、EU離脱時に取り決めたにもかかわらず、一部の検査を一方的に導入せずにいる。むしろ、北アイルランド議定書第16条の発動-ある取り決めが有害だと英国、EU双方が認めた場合、適用除外ができる-を求めてEUと軋轢を起こしてきた。
これはどうみてもジョンソン首相の背信行為である。いったん結んだEU離脱協定という条約を反故にすることは国際的な背信行為である。ジョンソン首相の前任者であるテレザ・メイ首相が悩みに悩んで政権を放棄したのがこのアイルランド問題で決着がつかなかったためである。
ジョンソン首相はEU離脱実現のために、そもそも自分で北アイルランド議定書を締結しておきながら、最初から反故にするつもりであったとしか思えない。経済的損失もさることながら国際的な信頼関係の失墜は、英国にそれ以上に計り知れない打撃を与えよう。