2月3日に就任式を行うイタリア大統領の選挙では有力視されていたドラギ首相の選出が難航を続けた。1月24日(月)から7回目の秘密投票を重ねても結果が出ず、結局、29日(土)にドラギ首相、主要政党が引退を表明していたマッタレッラ大統領(80)を訪ねて再選を要請する結果となった。
29日(土)に行われた8回目の投票でマッタレッラ大統領は議員、地方代表などからなる投票数1,009票のうち759票を獲得して今後7年間、二期目の大統領を務めることになる。引退を前提にローマに新住居を手当てしていたマッタレッラ大統領にとっても、歴代イタリア王の居住した豪華なクイリナーレ宮殿の主(ぬし)となることは本意ではあるまい。
一方ドラギ首相は23年に行われる総選挙まで首相を務めるものとみられ、ドラギ氏が大統領になれば、後任の首相不在や多党連立政権の瓦解などが生じていた政局の安定化が図られるものと期待されている。一部にはマッタレッラ大統領は高齢でもあり途中で辞任してドラギ氏に大統領の座を禅譲するといった観測もある。
ドラギ首相は、イタリア内外、EU、金融市場からの信頼が厚い。その信頼感を背景に7,500億ユーロ規模のEU復興基金からイタリアが最大の引き出しを行うことが可能になった。
このようにドラギ首相の留任を喜ぶ声が多いが、果たしてそうであろうか。少数説ではあろうが、筆者はドラギ首相が大統領に選出されていた方が長期的にはイタリア経済、政治にとってメリットが大きかったと判断している。その理由はイタリアの大統領は元首としてたんに儀礼的な行事をこなすことにとどまらず、ドラギ氏を首相に任命したように、首相、閣僚の選出、法律の議会への差し戻しなどの実質的な権限をも有する。
仮にドラギ氏が大統領に選出された場合、今後7年間、大統領として、経済・社会の改革を怠りポピュリズムに陥りがちな政権ににらみを利かせる、財政赤字増大につながる法案を議会に差し戻す、ユーロに懐疑的な政府の樹立をけん制する、などの影響力を行使することができたと思われる。
ドラギ氏の首相としての影響力が衰えていく事態もありえることも大統領就任を是とする論拠である。テクノラートで議席を持たないドラギ氏の首相任期は、23年までに行われる総選挙までの残り1年余りの任期しかないとみられる。いまは協力を続けている各政党も総選挙が近づくにつれて、不人気な構造改革を迫るドラギ首相の意に従わない状況になるであろう。
EUが今後6年におよぶイタリアの経済復興計画に約2,000億ユーロという多額の資金供与をするにあたって、最初の2年間に厳しい改革要求を掲げているのも、ドラギ氏の首相任期中に改革シナリオの大筋を付けていくことが不可欠と考えたためともいわれている。それ以降は再びイタリアのお家芸ともいえるポピュリズム政権が跋扈(ばっこ)して改革の骨抜きを図りかなないと恐れているためだ。
イタリア経済は、新型コロナ感染の拡大2020年の成長率が-9%とEUの中でも最悪の落ち込みをみせた。20年2月にECB総裁の任期満了で隠遁していたドラギ氏が急遽首相に担ぎ出されてワクチン接種の迅速化、都市封鎖などの規制強化を図る一方で景気回復のための財政支出の拡大と矢継ぎ早に手を打ってきた。
ドラギ首相の施策でもっとも重要なことは、困難な構造改革を断行して、長引くイタリアの低成長を脱皮して、長期的な成長余力を高める努力をしたことだ。しかし、道半ばで、これから抵抗の多い社会保障、税制改革が本格化する。
ことにEUが突き付けている財政赤字の圧縮は至難の業である。財政赤字(GDP比)は20年の5.6%から2021年にはコロナ感染対策の所得補償などもあって9.4%とほぼ倍増に近い水準まで悪化している。また政府債務のGDP比も150%を越えてEU最悪の部類に属する。ドラギ首相への信頼感から長期金利が跳ね上がることを抑えているとも言えよう。
最悪のケースはドラギ氏が首相を継続する一方で、これまでの「ドラギ・マジック」が効力を失い、右派の「同盟」からポピュリスト政党の「五つ星」にいたるまでの多党間協調を成立させていたドラギ首相の神のようなオーラが消えることだ。そうなると、金融市場も混乱して再び元のイタリアに戻ることになろう。