ジョー・バイデン氏が2021年1月20日に米国の第48代大統領に就任してから、はや折り返しとなる2年が経つ。副大統領時代の外交機密文書を持ち出した件では特別検査官が任命され、20日には司法省捜査官が自宅を捜索し、新たに機密文書を見つけた。先行き予断を許さない。
推察ではあるが、バイデン氏は29歳で上院議員当選直後に妻と娘を交通事故で亡くし、その後、息子を病気で亡くすという不幸を経験したため、ワシントンからデラウエア州の自宅まで一時間半をかけて通っていた。おそらく時間が足りなくて自宅で外交文書を読まざるを得なかったのではないか。
だからと言って機密文書の持ち出し、国立公文書館への寄託を怠った瑕疵は責められなければならない。しかし、個人的にはこれを乗り切って、バイデン氏が2024年の大統領選出馬に踏み切ってほしいと願っている。
バイデン氏の就任当初は、78歳という超高齢で果たして任期を全うできるのか、地味でアピール力に欠ける、と評価は決して高いものではなかった。
民主党の大統領としてはケネディ、クリントン、オバマ大統領のように若くてハーバード大のようなアイビーリーグの卒業生であり、カリスマ性に富む存在が代表的だ。しかし、バイデン大統領はむしろ自分と同じ副大統領出身のハリー・トルーマン、リンドン・ジョンソン氏らと同じように手堅いが地味な存在だ。
この三人は、上院出身でカリスマ性のある大統領(フランクリン・D・ルーズベルト〈FDR〉、ケネディ、オバマ)の下で副大統領を務めた。現役中に病気で亡くなったFDRの後任として急遽、大統領に就任したトルーマン、ジョン・F・ケネディの暗殺で大統領に就いたジョンソン、バラク・オバマの副大統領を二期8年務めたのがバイデンである。
三人とも政権内部、ホワイトハウスのスタッフからともすれば軽視されるような目立たない存在であった。三人はいずれもアイビーリーグ出身ではなく(バイデン氏はシラキュース大学卒)、カリスマ性もない。しかしながら、就任当初は全く期待されていなかったのにかかわらず大きな実績を残した大統領として歴史に残る、あるいは残すであろう。
内政重視を貫いたバイデン大統領の大きな功績は、就任時に下院で過半数をわずかに越える、上院でも共和党と同数という厳しい環境の中で練達の政治家として幾多の重要法案を成立させたことだ。
29歳で初当選したという長い上院生活の中で司法委員長、外交委員長を経験した。副大統領時代にも慣れぬオバマ大統領の代わりに議会工作にあたってきた。このような議会のベテランとして法案成立のプロセスを熟知していたが故に、残せた功績といえよう。これはトルーマン、ジョンソンも同じだ。
政治生活50年におよぶバイデン大統領が成立に全力を注いだ内政面での代表的な法律をみていこう。まず、バイデン大統領は2021年11月に「米国雇用計画」のうち、インフラ分野整備に特化した1.2兆ドル規模のインフラ投資雇用法を超党派で成立させた。
全米で4万5千あるといわれる老朽化の目立つ橋の改修・整備などのインフラ整備に充てられる。バイデン大統領はギリギリまで議員の説得にあたって法案成立に漕ぎつけた。
「インフレ削減法」の成立もバイデン政権の大きな功績だ。元々は2021年4月、バイデン政権が「米国雇用計画」と並んで打ち上げた「米国家族計画」の人的投資や気候変動対策が前身となっている。当初は、両者合わせて4兆ドル規模の成長戦略であった。
前者は上記のインフラ都市雇用法として結実した。後者は民主党内で「ビルド・バック・ベター(BBB)」法案として、1兆8,500億ドルの規模で作成された。しかし、与野党同数の上院でジョー・マンチン議員(民主党、ウエストバージニア州選出)が反対に回って頓挫した。歳出規模が大きすぎるうえ、マンチン議員の地元で石炭業が盛んという事情があった。
しかし、バイデン大統領はこれで諦めることなく、チャック・シューマー院内総務にマンチン議員との交渉にあたらせて支出規模を5千億ドル程度に圧縮する、それ以上の歳入を確保する、との妥協が成立して2022年8月に「インフレ削減法」として成立した。
「インフレ削減法」は米国でインフレが亢進、最低法人税率(15%)の導入などを通じて大幅な歳入増を図ることによりインフレを抑制する狙いを前面に出した政治的なネーミングである。
内容的には、米国にとって初の大胆な温暖化防止対策(3,910 億ドル)であり、グリーン化を進める電力企業等への税制面の優遇、電気自動車(EV)の購入に対する税額控除などが盛り込まれた。
さらにテキサス州の小学校、ニューヨーク州のスーパーマーケットで起きた銃乱射事件のあと、2022年6月には28年振りとなる銃規制法の実質的な強化も成し遂げた。強力な全米ライフル協会を支持基盤に持つ共和党議員と1カ月近くも交渉、ミッチ・マコーネル院内総務らが賛成にまわって法案成立に漕ぎつけた。
2022年8月には半導体の国産化促進を図る法律も成立させた。国内の半導体の生産、開発に対して520億ドル(約7兆円)以上を投じるに内容となっている。言うまでもなく、国家主導で半導体の国産化を推進する中国に対抗して、経済安全保障の観点からも再び米国が世界の半導体生産の中心となることを狙ったものである。
さらに学生ローンの一部返済免除などもバイデン大統領だからこそできたと言えよう。
外交面でも着実に成果を挙げた。まず、就任早々に大統領令を発出して、トランプ大統領が退出した地球温暖化対策のパリ協定に復帰するとともに、欧州首脳とも面談してNATOの結束強化などで関係修復に動いた。もっとも、アフガニスタンからの撤退は、タリバンを勢いづかせ、国内外から不評を買った。
その反省もあってウクライナに対する時宜を得た支援を行い、トランプ政権時に打撃を被った国際社会における米国の指導力の回復を印象付けた。
ウクライナのゼレンスキー大統領はロシアに対する徹底抗戦を表明し続けているが、米国の武器援助と侵攻を続けるロシア軍に関する情報がなければ、成功は覚束ない。中国の覇権主義とも同盟国と共に抗い、台湾侵攻を許さないとの姿勢も揺ぎない。
偉大な大統領は彼らが挑んできた困難を乗り越えたかどうかが重要な要素だ。ルーズベルト大統領は大恐慌と第二次大戦を乗り越えて、トルーマン大統領は核兵器の使用を訴えたマッカーサー司令官を更迭したうえ朝鮮戦争の終結を成し遂げた。
新たに生じたソ連との「冷戦」への対応も功績に数えられよう。ベトナム戦争の泥沼化で不人気であったジョンソン大統領は「偉大な社会」の実現を訴えて公民権を巡る戦いでは歴史的な勝利を収めた。
バイデン氏の挑戦も同じである。トランプ大統領は米国の民主主義に対する空前絶後の挑戦を試みた。2021年1月の議会乱入事件は米国史のなかでも危険極まる瞬間であった。バイデン政権発足以来、中国、ロシアで跋扈(ばっこ)している専制主義、多くの国で民主主義の危機が訪れている。
2021年の就任演説で、バイデンは米国国内、海外での民主主義の擁護を誓った。二年経って当初想定していた民主主義が脅かされるという暗い見通しは、バイデン政権の奮闘もあってかなりうまくいった。
最も偉大な業績は2020年の大統領選でトランプ大統領を破ったことだ。中間選挙では政権与党が敗北することが多かったが、民主党は上院で多数を占めたほか、下院でも過半数をわずかに割っただけであった。
また民主党が一致団結をみせているのに対して、共和党は分裂状態にあり下院議長選出で造反が生じて混乱に陥ったほどだ。トランプ氏は依然として力を持っているが、2024年の大統領選挙で復活する目はしぼんだように思われる。
バイデン大統領は、党派間の抑えがたい憤激が高まっているこの時代にあって、常に沈着冷静にして、困難にあたっても現実的な対応をみせてきた。かなりの政治的遺産を積みあげてきたようにうかがえる。
バイデン大統領は、よく支持率が50%に満たない不人気の大統領と揶揄されるが、レーガンやオバマ大統領でも同じような低支持率にあえいでいた。
内政、外交面での多くの政治的な成功にもかかわらず、共和党右派はバイデン大統領は指導力に欠けた耄碌(もうろく)した大統領に過ぎないと糾弾している。民主党内でさえ、認知症が懸念される発言等を懸念する声が上がる。
バイデン大統領にとって過小評価は何も目新しいことではないかもしれない。上院時代、副大統領、大統領候補そして今や大統領としても過小評価が続いている。しかし、上記のように国内外での実績から見て、地味ではあるが、侮りがたい傑出したリーダーである。
問題は二期目に入る時に82歳に達している彼の高齢だ。米国で就任時に80歳を越えた大統領は出たことがない。しかし、彼の老練にして公平な政治的資質を評価すると、代わりを務める者はいそうにない。
カマラ・ハリス副大統領を有力な大統領候補とみなす向きは皆無に近い。またバイデン大統領は、目標を定めると、あとは議会での法案通過は民主党のベテランに委ね、知見と経験に富む安全保障スタッフにウクライナ問題を委ねてきた。
法案成立の要所などで指導力を発揮するとはいえ、権限移譲によって人を働かせる能力にも優れている。2024年の大統領選への出馬を期待したい。