――本書執筆の動機は
韓国の民主主義があやしくなってきた。「韓国は民主国家」との認識を持ち続けると、日本は判断を誤る。東アジアの安定のためには、韓国が安定した民主国家であったほうがいいのだが、もう、それを期待できないことを日本人に伝えたかった。

新潮新書 税込946円 2022年6月17日
期待できない。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権もさっそく「権力の私物化」に乗り出した。検察幹部を大統領に近い人にすげ替え、法律で定めた任期の残る検事総長も辞任させた。左派政権に近い警察トップも辞任させた。最高裁の長官の首をすげ替えるのは難しいが、任期が切れる2023年9月には保守色の濃い人物が任命されるのは確実だ。李氏朝鮮以来の宿痾(しゅくあ)である仁義なき権力闘争――「党争」がぶり返したのだ。
――確かに与野党間の争いは日本人からみると激しすぎますね。前の大統領たちが刑務所に入れられてしまうのですから。
政治は権力闘争だ。だが、闘ってもどこかで妥協しないと国が壊れてしまう。韓国の与野党はライバルというより、刑務所に送り込むべき敵(かたき)同士となった。1987年の民主化の後、「妥協」を生む政治風土に生まれ変わるかと思われたが、そうはならなかった。
日本の「55年体制」は戦後の左右対立の混乱から抜け出すことに力を発揮した。保守が支配するが左派の意見も積極的に取り上げ、コンセンサスを形成する仕組みだ。民主化後の韓国もそれを真似ようとしたが、妥協を嫌う風土もあって「韓国版55年体制」は育たず、勝った者がすべてを取る、むくつけの権力闘争に突入した。
この本の第2章の見出しを「あっという間にベネズエラ」としたのは「韓国の今」が、ベネズエラの民主政治崩壊の初期と驚くほど似ているからだ。何と、政敵を倒すために登用した検事総長が最後には政権追及に回るという点でも共通する。ただ、ベネズエラの検事総長は隣国に亡命した半面、韓国では大統領になった点は異なるが。
日本では韓国人が民主主義をたっとぶうえ、海洋勢力(日米サイド)側を選ぶと誤解する人が多いが、それは誤った見方だ。韓国は中国サイドに立つことに何の抵抗感もないだろう。朝鮮半島の歴代王朝は中国大陸の王朝に朝貢してきたのだ。「海洋側に属することが韓国人の幸せだ」と考える日本の政治家も多いが、日本人の勝手な理屈だ。韓国人は1000年以上も中国の属国としてそれなりに安定した地位を享受してきたのだから。
韓国には李朝ドラマと言うジャンルがある。これを視聴すると「中国に従うのは当然」という気分になって来る。韓国の「恐中病」が今も続くのは当然なのだ。西側に戻らないのではなく、地政学的にみても歴史的にみても「戻れない」立場なのだ。
――しかし、尹新政権は親米を鮮明に打ち出しています。
「反米従中」から「親米従中」に変わったということだ。米日豪印のクアッドに結局、韓国は加わっていない。中国はクアッドを対中軍事同盟とみており、加わればどんな報復をされるか分からない。一方、ホワイトハウスのサキ報道官も「クアッドとは4つという意味でしょ」と、韓国の加盟を拒絶した。尹政権が打ち出した「クアッド準加盟」こそは、米中二股という卑怯な手口と見なしたからだろう。
――韓国はIPEFには加わっています。
IPEFは半導体を中国封じ込めに使うから、半導体大国の韓国をはずすわけにはいかなかった。米国が韓国を脅して対ロ制裁に参加させたのも、半導体の対ロ輸出を阻止するためだ。IPEFはTPPの代替というよりもココムの再現と考えた方がいい。「参加するとか関税で得をする」のではなく「参加しないと西側の国と見なされず、損をする」組織なのだ。
――NATOの首脳会議に尹大統領が加わったことはどう評価しますか。
韓国はもともとオブザーバー。大統領自身が出席した点が新しいだけだ。日米韓の首脳は、北朝鮮の核・ミサイルに対し3国の安保協力強化で対抗することを約束した。しかし7月2日、韓国は「3カ国の軍事協力は情報交換で」とトーンダウンに動いた。岸田首相が「北朝鮮が核実験したら3国で合同訓練を実施しよう」と提案したのと対照的だ。韓国はいまだ、中国の顔色を見ている。もし3カ国で軍事訓練を実施したら、中国が「文政権時代に結んだ約束に違反した」と怒りだすのは確実だ。
NATO首脳会議直前にホワイトハウスは日米豪にNZと英国の5か国で太平洋諸国との経済・外交関係を強化するパートナーズ・ブルーパシフィックを発表したが、韓国は加わっていない。これも「西側に戻っていない」証拠だ。
――本書の第四章では韓国の課題を取り上げていますが、それはそのまま日本にもあてはまるように思えますが。
少子化を原因とする経済の縮小現象は共通する。だがすでに課題を認識している日本と、手つかずの韓国との差は大きい。
注目すべきは核武装だ。保守政権だろうが左派だろうが、韓国は自前の核兵器を持とうとする可能性が高い。日本でも、米国の核兵器持ち込みやドイツ型の核兵器共有の問題が議論され始めたが、韓国は実態面で先行している。
核兵器を搭載できる中距離ミサイルを保有し、東京、北京も射程内だ。ミサイル潜水艦もある。潜水艦発射型ミサイルの実験にも成功した。自国への核の脅威が高まった瞬間に核武装するという「宣言抑止」の準備を完了した。

新潮新書、税込814円 2018年10月17日
【お知らせ】7月6日20時からBSフジ「プライム・ニュース」に出演し、尹錫悦政権の外交や「独裁化」を語る予定
■鈴置高史(すずおき・たかぶみ)
韓国観察者。1954年(昭和29年)愛知県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。日本経済新聞社でソウル、香港特派員、経済解説部長などを歴任。95~96年にハーバード大学国際問題研究所で研究員、2006年にイースト・ウエスト・センター(ハワイ)でジェファーソン・プログラム・フェローを務める。18年3月に退社。著書に『韓国民主政治の自壊』『米韓同盟消滅』(ともに新潮新書)、近未来小説『朝鮮半島201Z年』(日本経済新聞出版社)など。2002年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。デイリー新潮で「半島を読む」を連載中。