オーストラリアが潜水艦発注に関してフランスとの契約を破棄し、アメリカの協力で原子力潜水艦を採用することを決めた。これが、大きな問題を起こしている。
アフガニスタンから米軍を撤退させたバイデン政権は、中国の脅威に対抗することに力を注ぐ方針を固めた。その一環として、9月15日、イギリス、オーストラリアとともに、安全保障の新しい枠組みとしてAUKUSを創設した。
それに伴って、オーストラリアは、フランスとの間で契約していた潜水艦開発計画を破棄し、アメリカやイギリスの支援で原潜を開発することに方針を転換した。
フランスとの契約で建造することになっていたのはディーゼル潜水艦であるが、原子力で推進する潜水艦のほうが半永久的にエンジンを稼働できるので航続距離も長くなる。中国を牽制するために、太平洋、南シナ海などを遊弋するには向いている。
ただ、問題は蓄電池で動くディーゼル型に比べて騒音が大きいことで、この点では敵に察知されやすくなる。潜水艦どうしの戦いは、映画『レッドオクトーバーを追え』に描写されているが、敵艦の音の探知が重要となる。
日本の潜水艦技術も優れており、フランス、ドイツとともにオーストラリア潜水艦建造計画の受注競争に参加したが、フランスが勝ち、2016年に契約に至っている。総事業費は当初の340億ユーロから560億ユーロ(7兆2千億円)にまで増え続け、しかも開発に遅延が生じたため、オーストラリア側にも不満が溜まっていたようである。
そこで、アメリカがイギリス以外の国としては初めてオーストラリアに原潜建造を支援することを決め、発注先の異例の変更となったのである。アメリカやオーストラリアからは事前に十分な説明もなかったこともあって、フランスは猛反発し、アメリカとオーストラリアから大使を召還している。
アメリカから見ると、中国牽制のためには原潜のほうが効果的であるという単に軍事的合理性に基づく判断のみならず、フランスとの軍事技術競争、武器輸出競争も背景にある。戦闘機、ミサイルなど最先端武器で両国は世界中への売り込みに鎬を削っている。
オーストラリアはフランスの潜水艦を購入しても、装備品や武器はアメリカ製品を使う予定だったので、アメリカは自国の技術がフランスに筒抜けになるのを警戒したことも考えられる。
フランスがアメリカから大使を召還するのは歴史上初めてであり、いかにフランスが怒っているかがよく分かる。7兆円という大型ビジネスを逸失するという痛手もある。フランスは、ニューカレドニア、ポリネシアなど太平洋地域に領土を持っており、この地域における日米の重要なパートナーである。米英豪とフランスとの対立は、この地域の民主主義国の結束にも大きな影響を与える。
それは、太平洋地域のみならず、ヨーロッパにおけるNATOの結束にも悪影響を及ぼす。NATOは新たな「戦略概念」を構築しようとしているが、その見通しが不透明になってきている。
EUは経済的な統合を果たしたが、軍事的にはヨーロッパ共同軍はまだ作られていない。軍隊については、加盟国が自国の主権を手放そうとしないからである。しかし、今回の米仏対立は、欧州軍創設への議論にも拍車をかけるであろう。
シリアやアフガニスタンの惨状を受けて、世界に拡散するテロとの戦いのためには欧州軍が必要だという意見が強まっている。内戦などで難民が発生すれば、ヨーロッパはそれを受け入れねばならず、大きな犠牲とコストを払わねばならないからである。
オーストラリアの原潜計画は、周辺諸国にも大きな波紋を呼んでいる。隣国ニュージーランドは非核路線を採用しており、領海内への原潜の立ち入りを拒否することを明言した。また、中国の軍事的脅威にさらされてる東南アジア諸国も、AUKUSが無用な軍拡を生み、地域の安定を揺らがすことを懸念している。
AUKUSやQuad(日米豪印)が、ASEANという地域協力機構の存在意義を減退させるのではないかという危惧もある。
バイデン大統領とマクロン大統領が電話会談を行うというが、それで問題が解決するのかどうか。対中包囲網に綻びが生じれば、喜ぶのは中国である。
豪潜水艦発注をめぐり米仏亀裂が表面化 |
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公開日:
(ワールド)
Reuters
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