韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、「3・1独立運動」を記念する式典で演説し、日韓関係改善への意欲を示し、「日本は協力パートナー」と位置づけた。
演説の要旨を引用すると、「3・1運動から1世紀がたった現在、日本は過去の軍国主義の侵略者から、我々と普遍的価値を共有し、安保と経済、そしてグルーバルな課題で共有するパートナーになった。
複合危機と深刻な北朝鮮の核脅威など、安保上の危機を克服するための韓米日3カ国の協力がかつてなく重要となった」とある。
これは、文在寅政権路線との訣別を意味する。
文在寅政権は、北朝鮮との融和を図り、支持率向上のために日本叩きを行った。そのため、日韓関係は最悪の状態に落ち込んでしまった。また、トランプと金正恩との首脳会談に幻惑されて、安全保障の観点から大きな失敗をした。それが、たとえばGSOMIAの破棄である。
このような文在寅左翼政権の政策を転換する柱は、対日関係の修復であり、また、アメリカとの安全保障関係、日米韓防衛関係の強化である。
これまで「3・1運動」記念日の演説では、大統領は厳しい日本批判を展開するのが常であったが、今回は異例の「パートナー」発言となった。このような政策変更に対して、韓国内の左派勢力はこぞって反発している。
3月6日、韓国政府は、「元徴用工(旧朝鮮半島出身労働者)」訴訟問題の解決策を発表した。
戦後賠償については、1965年6月には、日韓基本条約が結ばれ、両国間で請求権の完全かつ最終的な解決が図られた。ただ注意すべきは、1965年の基本条約によって、損害を被った個人の請求権が消滅するものではないということである。徴用工訴訟で、原告が、日本政府ではなく、日本企業を相手取っているのはそのためである。
文在寅政権下の2018年10月30日、韓国大法院(最高裁)は、新日鉄(現日本製鉄)に対し、原告4人に1人当たり1億ウォン(約920万円)の支払いを命じ、翌月の11月には、三菱重工業に対し元朝鮮女子勤労挺身隊らへの賠償を命じる判決を下した。
しかし、日本政府は、1965年の国交正常化に伴い締結された日韓請求権協定で、全ての賠償問題は解決済みという方針を堅持している。そのため、被告とされた日本製鉄や三菱重工業は賠償をしていない。
尹錫悦政権は、解決策として、韓国の財団が賠償を肩代わりする案を提示した。
韓国民法の「第三者弁済」を適用するもので、第三者である財団が弁済することになる。ただ、韓国民法では、債務者の意思に反して第三者弁済は行うことができない。そこで、債務者の日本企業が黙示的に同意したとみなすという解釈を採用する。こうすれば、日本企業も大法院判決を受け入れたことにはならない。つまり、日本側の立場も配慮した内容となっているのである。
この提案と対をなす形で、韓国政府は、日本側の謝罪や日本企業による財団への自発的な寄付を求めている。
日本は、1989年の小渕恵三首相と金大中大統領による日韓共同宣言などで、「過去の植民地支配で多大な損害と苦痛を与えたことを、痛切に反省し、心からお詫びする」というような表現で謝罪の意を表してきた。岸田首相も同様な内容の発言で応えることが予想される。
また、日韓の財界が協力して、若い世代のための「未来青年基金」を創設し、留学生への奨学金の支給などを行うという。両国の若い世代には、政治絡みのわだかまりはなく、韓国のK-popや日本のアニメへなどへの関心も高く、相互理解が進んでいる。この基金は、まさに未来志向の日韓関係を築く礎となるであろう。
さらに、日本政府は、2019年に厳しくした韓国に対する輸出管理措置を緩和する。具体的には、半導体素材の輸出規制を解除し、輸出手続きで優遇するホワイト国(グループA)に韓国を戻すことを考えている。
これらの解決策が双方で合意されれば、3月中にも尹錫悦大統領が訪日する方向で調整が進められる。
韓国国内で反日左翼勢力がこのような合意に反発するように、日本では安倍政権を支えてきた嫌韓派右翼が反対する。日韓関係悪化の第一義的責任は文在寅政権にあるにしても、嫌韓派を野放しにし、反韓国感情を煽るなど、安倍政権にもまた対応が適切ではなかった面がある。
岸田首相が脱安倍路線を選択するのなら、今回の日韓関係の「とげ抜き」は重要な意味を持つ。排外主義的な嫌韓論者やネトウヨを切り捨てて、新たな日韓関係の構築に邁進すべきである。
尹大統領が開いた日韓新時代 |
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【舛添要一が語る世界と日本(184)】懸案一気に解決し、訪日へ
韓国の尹錫悦大統領と岸田首相(2022年)=CC BY /首相官邸ホームページ
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舛添 要一(国際政治学者)
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