8月15日、首都アブールをタリバンが制圧し、米国を中心とする国際社会が支援してきたアフガニスタン共和国が事実上崩壊した。
米国が支援したガニ政権が崩壊した問題を巡って、バイデン政権は国内外から批判にさらされている。2500人近い兵士の命を失い、2兆ドル以上の戦費を費やしてきたにもかかわらず、米同時多発テロから20年となる9月11日を仇敵タリバンがアフガニズタンを再び支配下に置いた状態で迎えることになるからである。
タリバンの電撃的なアフガニスタン制圧は、ベトナム戦争末期のサイゴン陥落の記憶を蘇らせる。米国の国際的なイメージは地に落ちたことから、日本でも「自国の防衛を米国に委ねる日本も対岸の火事ではない」という危機感が高まっている。
国際社会の狼狽ぶりを尻目に中国政府は、米国の外交政策の失態に乗じて「米国は自己の利益のため同盟国を見捨てる信頼できないパートナーだ」との宣伝戦を展開している。
「米軍撤収により中国が巨大経済圏構想『一帯一路』をさらに拡大するチャンスが到来した」とする論調も出ているが、はたしてそうだろうか。
政治的に大きな代償を払うことを覚悟してでもアフガニスタンという長年の不良資産を「損切り」したのは、米国政府がインド太平洋地域に本格的に関与しようとする意志の表れである。米軍が長年アフガニスタンの治安を担ってきたことで、中国を始め近隣諸国はその恩恵に浴してきたが、その安全装置が突然なくなってしまったのである。
アフガニスタンの隣国である中国にとって、将来の戦略的利益よりも、タリバンの突然の復権による安全保障上の課題の方がはるかに大きいのではないだろうか。
中国国内の世論は当初「米国の敗走」を嘲笑するムードが支配していたが、その後「タリバン警戒論」が噴出し始めている。中国政府は7月28日、タリバンのナンバー2であるバラダル氏を招き、その関係の良好さをアピールしているが、アフガニスタンに潜在する東トルキスタン独立運動(ETIM)を名乗る武装グループの動向に神経を尖らせていることは間違いない。
国内の弾圧を逃れてタリバンの下にやってきた中国新疆ウイグル自治区の若者の数は約3500人、内戦が続くシリアなどでも実戦経験を磨いていると言われている。米国政府は2002年にETIMをテロ組織に指定したが、昨年その指定を解除している。
ETIMのメンバーがアフガニスタンとの国境をくぐり抜けて国内でテロを行うことを恐れる中国政府は、タリバンから「ETIMとの関係を絶ち、同勢力が新疆ウイグル自治区に戻ることを阻止する」との言質を取っているが、タリバンがその約束を守るこことができるとは思えない。
タリバンは当初強硬姿勢を控え、より穏健なイメージの構築に努めていたが、徐々にその本性をあらわし始めている。
タリバンにとって誤算だったのは、アフガニスタン政府の約90億ドルの外貨準備を手に入れることができなかったことである。同国の外貨準備の大半は海外の口座に預託されており、タリバンがアクセスできるのは全体の0.2パーセント以下に過ぎないという。
勝利に貢献した兵士への恩賞に事欠くばかりか、政府が銀行に十分なドルを供給できないことから、通貨アフガニが急落、食品価格などが高騰する事態になりつつある。
資金不足の中でタリバン兵が、麻薬の原料であるケシの栽培に走り、住民への略奪や暴行を本格化させれば、再び国際社会から見放されてしまうだろう。
そもそもアフガニスタンには近代的な意味での「国」が成立する政治風土がない。戦国時代の日本のように諸勢力が分立する状態にあり、外部から強力に支援して中央政府をつくったとしても国全体を統治できないことは米国の20年に及ぶ統治が教えてくれる。
「テロリストにとって反米というスローガンはもはや時代遅れである」との指摘もある。
アラブ首長国連邦(UAE)などのアラブ諸国とイスラエルとの間で国交が樹立した現在、「反米」はアラブの富豪からテロ活動資金を引き出せる「錦の御旗」ではなくなっている。かつてのようにタリバンがアフガニスタンを制圧したからといって直ちにテロリストが米国に押し寄せるわけではないのである。
面子を捨てた米国がタリバンと秘密裏に和解するようなことになれば、アフガニスタンに潜在するテロリストを恐れなければならないのは中国ということになる。
タリバンの首脳部は中国の意向に従うそぶりを示しているが、中国で生活するウイグル人たちへの圧政を看過したら、イスラム原理主義を標榜する存在意義があやうくなる。烏合の衆であるタリバンの中央の指令が末端まで徹底されるという保証もない。
米ホワイトハウスは17日、アフガニスタン政府に支援した武器などの相当数がタリバンの手に渡ったことを認めた。カネに困ったタリバン兵が最新鋭の米国製兵器をETIMのメンバーに横流しすれば、中国にとって最凶のテロリストが誕生することになる。
中国人民解放軍は18日からタジキスタン領内で同国軍とともにアフガニスタンからのテロリスト潜入を防ぐための軍事演習を開始した。タジキスタンにはロシア軍が駐留しており、中国の軍隊が同国内で演習を行うのは極めて異例のことである。中国が「混乱の矢面に立たされている」という危機意識が持っていることの証左であろう。
「サイゴン陥落は米国時代の終わり」と嘯いていた旧ソ連だったが、15年後に崩壊したのは自らだった。「『大国の墓場』であるアフガニスタンに派兵しない」とする中国だが、英国、旧ソ連、米国と同様の失敗を繰り返すのは時間の問題なのではないだろうか。
アフガン情勢 米国を笑えない中国 |
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【藤和彦の目】アフガン潜在の新疆ウイグル支援者を警戒
公開日:
(ワールド)
カブール空港で避難のカタール航空機に乗り込む米大使館員(2021年8月17日)=Reuters
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藤 和彦(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー)
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』『石油を読む』ほか多数。
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