世界保健機関(WHO)の報道官は2月26日、新型コロナウイルスに関する中国湖北省武漢市での現地調査について、「3月15日以降に行うとしていた概要の公表にもう少し時間がかかる」との見通しを示した。
最終報告書の公表時期については「概要との同時公表を検討する」としたものの、具体的なスケジュールは明らかにしなかった。
概要と最終報告書は、WHOの国際調査団と中国側が共同で執筆することになっているが、両者の間には見解の相違があると言われている。
WHOのテドロス事務局長は執筆に関し「すべての点で意見が一致する必要はない。異なる意見も併せて記載すればいい」との認識を示しているが、はたして大丈夫なのだろうか。
WHOの武漢調査団のベンエンバレク団長が2月9日に中国で行った記者会見はなんとも歯切れの悪いものだった。
①新型コロナウイルスを人へと感染させた宿主動物はいまだ特定できていない
②同ウイルスが武漢市内の研究所から流出した可能性は低い
③2019年12月以前に武漢市内に同ウイルスが広がっていたと結論づけるには証拠が不十分である
④同ウイルスがコールドチェーン(低温物流)の製品に付着して長い距離を移動した可能性がある
――などが主な内容だった。
そのいずれも「中国寄り」であったことから、国際社会の間では「WHOの武漢調査団は、どこまで真実に迫れるのだろうか」との疑念が頭をもたげていた。
しかし、その後帰国したWHOの武漢調査団のメンバーから、中国側にとっては極めて都合の悪く、かつ、貴重な証言が出てきている。
武漢市からスイスに戻ったベンエンバレク氏はCNNのインタビューの中で「武漢市では2019年12月時点で既に12種類以上のウイルス株が存在していたことを突き止めた」ことを明らかにした(2月15日付CNN)。
中国の専門チームから情報提供を受けて調査した174の症例はいずれも重症だった可能性が高く、この数の多さから判断すると、武漢市では2019年12月時点で1000人以上が感染していた可能性がある(感染者のうち約15%が重症化すると仮定)という。
ベンエンバレク氏は2月18日のオンライン会見で「冷凍食品を通じて新型コロナウイルスが中国が伝わった可能性について検討していない」と述べた。
中国の研究者たちは「新型コロナウイルスのそもそもの発生源はコウモリであり、中間宿主であるセンザンコウを経て人間に感染するようになった可能性が高い」と主張してきたが、2月18日付ウオ-ルストリートジャーナルは「WHOの武漢調査団は、新型コロナウイルスの中間宿主はセンザンコウではなく、ウサギ又はイタチアナグマである可能性があると考えている」と報じた。
WHOの武漢調査団は最初の感染例があったとされる武漢市の華南水産市場でウサギやイタチアナグマなどの死体を確保し、調査を進めている。センザンコウは絶滅危惧種(高価で密売されている)であるのに対し、ウサギやイタチアナグマは中国南部に多く生息している動物である。
WHOの武漢調査団は「新型コロナウイルスの発源地は、華南水産市場ではなく、他の市場ではないか」と考え始めている。2月26日付ウオ-ルストリートジャーナルは「WHOの武漢調査団は、2019年12月に確認された感染症例174件のうち一部が華南水産市場ではない他の市場と関連している証拠を確保した」と報じた。
一連の報道からわかるのは、中国は新型コロナウイルスの初期の発生時期に十分な調査を行ってこなかったことである。
ベンエンバレク氏は昨年7月から8月にかけても中国を訪問し簡単な報告書をまとめているが、これを入手した英ガーデイアンは2月23日「中国政府は新型コロナウイルスが武漢市で発見されてから最初の9ヶ月間、発源地調査をほとんど行っていなかった」と報じた。
以上を整理すると、WHOの武漢調査団は2月9日の中国での会見で提起した4点のうち、
①の「新型コロナウイルスを人へと感染させた宿主動物はいまだ特定できていない」については中間宿主はウサギ又はイタチアナグマが候補である
③の「2019年12月以前に武漢市内に新型コロナウイルスが広がっていたと結論づけるには証拠が不十分である」については2019年12月以前に武漢市内に同ウイルスが広がっていた証拠がある
④の「ウイルスがコールドチェーン(低温物流)の製品に付着して長い距離を移動した可能性がある」についてはその可能性を否定するなど見解を修正してきている。
残る謎は②の「新型コロナウイルスが武漢市内の研究所から流出した可能性は低い」である。
サリバン米ホワイトハウス国家安全保障担当補佐官は2月21日、「我々はWHOと中国に対して新型コロナウイルスの発生に関するさらなる調査を求める」と述べたが、国務長官時代から「武漢市に存在する中国科学院ウイルス研究所が発源地である」と主張してきたポンペオ氏は2月24日付ウオ-ルストリートジャーナルに「武漢研究所は世界のリスク」と題する論文を掲載した。
その中で注目すべきは、「武漢ウイルス研究所の研究員たちは過去10年間に約2000種類ものウイルスを発見したが、研究所の管理が甘かったことから、採取されたウイルスに感染した動物がペットとして売られたり、地元の生鮮市場に『売り物』として出されていた」という指摘である。
台湾の研究者の間で広まっている「中国では様々なウイルスの感染実験を動物で行っているが、実験後に焼却されるはずの動物が食べられたり、市場に横流しされている。このことが新型コロナウイルスの発生の真の原因である」とする憶測を裏付ける内容である。
中国の専門家は2月下旬、「新型コロナウイルスは年末までに沈静化し、中国では以前の生活に戻れる」との展望を示しているが、新型コロナウイルスの発源地が武漢ウイルス研究所だとすれば、中国発の次のパンデミックは時間の問題なのかもしれない。
中国国営メデイアの新華社通信は、2月下旬にニューヨーク市のタイムズスクエアのスクリーンに「中国が新型コロナウイルスとの戦いで世界を主導している」とする内容の広告を出しているが、これほどの皮肉はないのではないだろうか。
中国にとって都合の悪い証言が、帰国後の調査チームから |
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【藤和彦の眼】「ウイルスは武漢の研究所から」の可能性は本当に低いのか
公開日:
(ワールド)
発生源とされる武漢華南海鮮卸売市場(2020年3月4日)=CC BY /China News Service(cropped)
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藤 和彦(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー)
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』『石油を読む』ほか多数。
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