「傍若無人」外交を展開する中国は、周辺国との軋轢を強めている。
新型コロナウイルスの起源に関する国際的な調査を求めた豪州政府との対立が激化していることは日本でも知られるようになったが、筆者が注目しているのはインドとの対立のほうである。
中国とインドは、長年にわたり「大河」を巡り争いを繰り広げている。
中国でヤルンツアンポ川と呼ばれている大河の源は、ヒマラヤ高原地帯のチベット自治区にあり、そこからバングラデシュを経由してインド洋のベンガル湾に流れている。インドではブラマプトラ川と呼ばれている大河は、世界で最も高いところを流れ、長さは2900キロメートルにも達する。
大河を巡る中印間の確執が始まったのは10年ほど前からである。中国政府が「この川に水力発電のための大規模なダムを建てる」と発表したからだが、中国側は少なくとも11件の水力発電プロジェクトを有しており、2015年から稼働を始めた蔵木ダムが最も規模が大きいとされている。中国政府はさらに大規模のダムを建設する計画を有しているという。インドは「中国が川の上流で水を大量に吸い取ってしまえば、下流のインドでは水が足りなくなってしまう」との懸念を募らせており、中国に対し再三働きかけを行っているものの、ダム建設に関する情報は一切提供されていない。
インドは最近になって「中国は有事の際、大河の『水』を兵器に利用する可能性がある」との心配も持ち始めている(11月9日付サウスチャイナ・モーニング・ポスト)。上流のダムに大量に貯蔵された水を一気に放流すれば、下流地域が甚大な被害を受けることになるから、インドの国防専門家の間で「中国のダムプロジェクトには大河の下流域への影響力を行使するための戦略的な意図がある」との見方が広まっている。
その矢先の11月26日に開催された中国水力発電工程学会成立40周年記念大会の場で、中国電力建設グループのトップは「三峡ダムに設置されている3倍の規模の水力発電所をヤルンツアンポ川に建設する」構想を明らかにした。
この発表はインドにとって「寝耳に水」であり、中国が水量を一方的に調節することに対して有効な反撃措置を取れない焦りは一層募るばかりである。
中国とインドの対立は「大河」ばかりではない。大河の源に近い国境係争地帯でも対立が長期化している。中国とインドは4000キロメートル以上の未解決の国境を抱えているが、インドのラダック地方と中国が実効支配するアクサイチン地域の境に位置するガルワン渓谷で、今年5月に両軍の小競り合いが発生した。6月には大規模な乱闘に発展し、両軍の衝突としては45年ぶりの死者が出る事案となった。
ガルワン渓谷より南に位置し、両国にまたがるパンゴン湖周辺でも9月に、中印間で取り決められていた「銃火器使用禁止」のルールに反する発砲事案が生じた。両国はお互いに「相手側が威嚇攻撃をしてきた」と主張するばかりである。
中国とインドは11月6日の第8回軍高官級会議で双方の撤退について協議したが、今後も意思疎通を保つことに合意した以外に、具体的な成果はなかった。このため、ヒマラヤの高原地帯では、両国は各5万人以上の兵力を複数の箇所で展開したまま、極寒の冬への備えを急いでいる(11月24日付JIJI.COM)。
中国サイドは、酸素濃度が低い高地でも活動可能な新型戦闘車を配備するとともに、後方支援の強化にも努めている。中国国防省は10月29日の記者会見で「4000メートル以上の地点で複数の井戸を掘り、飲料水を凍結させずに確保するとともに、零下40度の地点でも兵舎の室温を15度以上に保つことができる」と自信の程を示した。
インド側も負けてはいない。インド軍は北部ラダック地方で冬用の兵舎を建設するとともに、関係が強化されつつある米国から防寒服などの提供を受けることにより、中国と対峙する能力を高めようとしている。
中印両国は現在、第9回軍高官級会談に向けた調整を進めているが、CNNは11月25日「衛星写真の分析により、インドの戦略的要衝に近接するブータンで中国が大規模な武器の備蓄庫を建設していることが明らかになった」と報じた。これによりインドが劣勢に立たされることは明らかであり、反発したインドが対抗措置を採るようなことになれば、事態は再び深刻化する恐れがある。
1959年にチベットの反乱が起こり、ダライ=ラマ14世がインドに亡命したことで中印間の緊張が高まりつつあった1962年10月、中国は宣戦布告のないまま、突然インドに侵攻した。これに対しインドはなすすべがなく、翌11月に中国軍が一方的に軍事活動を終了したことで停戦となった。
「非同盟主義」を掲げていたインド初代首相ネルーは、国中がパニックに陥ったことから米国の支援を求める事態に追い込まれ、その後汚名を雪ぐことなく1964年5月に死亡した。この敗北は現在に至るまでインド人にとっての「最大の屈辱」であり、二度と過ちを繰り返してはならないとされている。日本ではあまり知られていないが、インドが原子爆弾を開発した目的は「打倒中国」なのである。
劣勢にたたされたインド軍の起死回生策は、中国経済の大動脈に打撃を与えることを目的とする「マラッカ海峡の封鎖」との説が浮上しているが、もしこれが実行されれば、日本のシーレーンも甚大な被害を蒙ることになる。
昨年の軍事費世界第2位の中国(2610億ドル)とインド(711億ドル)の間の軍事対立の激化は、日本にとってけっして「対岸の火事」ではないのである。
対岸の火事ではない中国・インドの対立激化 |
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【藤和彦の眼】大河の上流に中国が巨大ダム
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(ワールド)
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藤 和彦(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー)
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』『石油を読む』ほか多数。
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