ロシアのプーチン大統領が2022年2月21日、ウクライナ東部2州の親露派勢力支配地域を独立国として一方的に承認する大統領令に署名し、両地域に「平和維持」を目的に派兵するよう国防省に指示した。
独立国を自称するドネツク、ルガンスク両州の各「人民共和国」は2014年5月にロシア系住民が独立を一方的に宣言し、実質的にその保護を理由にロシアが介入し、いまや両州合わせ面積の約4割をロシア系が実効支配している。14年3月にロシアが同じウクライナ南部のクリミアを併合したのに続く一方的な行動だった。
欧米を中心に国際社会はこれをもちろん認めていない。解決への道筋として、2015年2月に露ウクライナと独仏の4か国が東部2州での停戦協定である「ミンスク合意」に署名した。ロシア系実効支配地域に高度な自治権にあたる「特別な地位」を与える一方、ロシア系支配地域とロシアの国境管理をウクライナに戻すなど「正常化プロセス」が盛り込まれていた。
今回、プーチン大統領は、ミンスク合意を反故したことになる。このエリアを押さえるだけでなく、ウクライナ全体を勢力圏に収めたいとの意図が疑われ、また、繰り返し主張しているウクライナの北大西洋条約機構(NATO)加盟阻止が大きな目的だ。
世の関心は今後のロシアの出方、欧米日の制裁などの対応、それによって事態がどうなっていくかに尽きる。
大手紙各紙は22日夕刊、23日朝刊で、4紙が1面トップ(毎日と東京は旧優生保護法による強制不妊への賠償命令がトップ)で大きく取り上げ、2、3面、国際面などで詳しく報じ、全紙が社説も掲載して論じた。
ロシアの不法性への批判は一般記事、社説を通じ、全紙の共通認識だが、まず、基本スタンスとして、23日日付の社説でどう訴えているかを見てみよう。
今回の事態の「定義」をくらべてみよう。
朝日社説 <第2次大戦後の世界秩序を揺るがす暴挙である。……隣国の領土の切り取りであり、事実上の侵略にほかならない〉
毎日社説 〈法とルールに基づく国際秩序を大きく揺るがす暴挙である。……他国の主権と領土の一体性を侵害する明白な国際法違反だ〉
読売社説 〈国連憲章の原則に明確に違反する決定である。国際秩序を揺るがすロシアの暴挙は断じて許されない。……他国の領土の「独立」を一方的に承認することの正当性はどこにもない〉
産経主張(社説に相当)〈ウクライナの国家主権を侵害するもので、派兵は露骨な侵略である〉
日経社説〈主権国家を蹂躙し、国際秩序を踏みにじる行為〉
東京社説〈独立承認はウクライナの主権と領土の一体性を侵害する行為である〉
暴挙であるのは間違いなく、「侵略」という単語を(多少のニュアンスの違いはあるものの)、奇しくも朝日と産経が使っているのが目立った。各社、ロシアを批判する趣旨に大差はない。
今回の事態を招いた背景では、見方が分かれる部分がある。
読売は〈そもそも、今回の緊張を高めた原因は、ロシアがウクライナ周辺に20万人近い軍部隊を集結させたことだ。……米政府は、ロシアがウクライナに最近、サイバー攻撃を仕掛けたと発表している。現地情勢を混乱させ、地元住民の「保護」を目的に介入する手法は、14年にロシアがウクライナのクリミア半島を強引に併合した時と同じだ〉とする。
毎日は〈米国のNATO拡大主義がロシアを刺激したのは確かだろう〉としつつ、〈ロシアの懸念に配慮して米国は戦力削減などの協議に応じる姿勢を示していた〉とも指摘している。
これに対し東京は〈ミンスク合意は、ドネツク、ルガンスク二州の親ロ派支配地域に、高度な自治を認めた「特別な地位」を与えることを柱とする。だが、ウクライナは履行を渋り、有名無実化していた〉と、ウクライナ側の対応の問題を指摘する。
もちろん、これに続いて、〈独仏は合意立て直しに向けてウクライナ、ロシアと外交交渉を続けてきた。それがロシアによって合意は崩壊。和平への道筋が途絶えてしまい、紛争の固定化につながる危険性が高まった〉と、合意を崩壊させたロシアへの非難を書き込んでいるが、「ロシアに比べ小さなウクライナが一方的に虐げられている」という単純な見方にくぎを刺しているのが目を引いた。
各紙、ロシアへの制裁で米欧日が結束して取り組む重要性を一様に指摘するが、外交交渉にも言及。
朝日は〈今なお残された外交解決の模索に全力を注がねばならない。……岸田政権は米欧追随ではなく、率先して国際議論を主導する外交が求められる〉と指摘。
日経も〈本格的な軍事侵攻を許さないためにも、外交努力を惜しんではならない〉と求める一方、東京は〈プーチン氏は交渉によって危機の収拾を図る努力を捨ててはならない〉と、ロシアに外交努力を求める。
社説は多分に建前論、正論であり、「こうすべきだ」「かくあるべし」が中心になる。それはそれとして、実際に何が起き、どうなっていくのか、その分析を一般記事などでみてみよう。
ロシア、中でもプーチン大統領の考え、どうしていくつもりか、などの分析が重要だ。
日経は23日朝刊2面で「プーチン氏、偏った歴史観」との記事を載せ、22日のプーチン氏のテレビ演説を中心に、〈ウクライナに対する一方的でゆがんだ歴史観〉を解説。ウクライナは旧ソ連がロシアの歴史的な領土を切り離して作ったもので、ウクライナには持続的な国家はなかったと主張したとし、その背後に側近の保守強硬派の影響があるとしている。
ウクライナとロシアの関係について毎日が前日の22日朝刊国際面でウクライナ人作家のアンドレイ・クルコフ氏のインタビューを掲載。
同国ではソ連時代の70年余りを経てウクライナ語でなくロシア語を話す国民も多く、クルコフ氏も「ロシア語話者」だとしつつ、〈ウクライナ人は歴史的にも精神構造的にもロシア人とは異なる〉とし、16~18世紀は独立した領域で、オスマン帝国とのやり取りにウクライナ語がつかわれていたこと、ロシアが政権与党の支配体制なのに対し〈ウクライナでは数百の政党が登録されている〉などと語っている。
読売は23日朝刊国際面「ウクライナ猛反発/国民動揺 政権批判強まる」との記事で、ゼレンスキー大統領がロシアとの断交を「検討している」と述べ、米欧首脳と相次いで電話会談したことを紹介したうえで、〈矢継ぎ早の行動に、国民の動揺を抑える狙いがあるのは確実だ〉と指摘。
実際、SNSなどで、東部紛争の停戦を公約に掲げて当選した大統領を「うそつき」などと批判する声が出ていることを紹介している。
今後、ロシアはどう出るのか。
2つの「人民共和国」の承認をロシア議会から要請させ、ロシア住民の安全確保を理由に今回の「国家承認」「派兵指示」を行い、直ちに2「人民共和国」と「相互援助条約」を結び、ロシア軍基地建設などを「合法化」する――こういったプーチン大統領の措置は「周到な準備」といえる。
実質的にすでにロシアの支配下にある2「人民共和国」の枠内に動きをとどめ、ウクライナに新たに侵攻する構えをみせつつ、米欧にNATO不拡大などの譲歩を迫る様は、テレビ映像などでも堂々として見える。
対する米欧などは軍事的対応は鼻から選択肢になく、経済制裁を対抗手段にするが、22日の段階では限定的な対応にとどめ、ロシアがウクライナに本格侵攻した場合に備えて、本格的制裁手段を温存している。
朝日23日朝刊国際面で「考論」として3人の識者のコメントを掲載。うち、大串敦慶応大教授は〈(2「人民共和国」は)ロシアにとって財政的な重荷になっている。電気やガスなどのインフラを稼働させる巨額の費用もすべて負担してきた〉と指摘。イワン・ティモフェエフ・ロシア国際問題評議会研究員は、ウクライナのNATO加盟を阻止したいロシアにとって今回の決定は〈ミンスク合意の事実上の消滅で、欧米は逆にロシアへの圧力を強め、(ロシアが望む)安全保障をめぐる議論には消極的になるだろう〉と分析している。
今回のロシアの決定前にHUFFPOSTが廣瀬陽子・慶応大教授のインタビュー記事(21日 10時23分更新)を載せ、〈ロシアが「自国民保護」を掲げて侵攻をする可能性が否めなくなってきている〉と見通しを述べたうえで、ロシアがウクライナの全土もしくは一部を併合することは〈全くメリットがない〉」との懐疑的な見方を紹介。
記事は、〈「ウクライナ領からロシア領に移って良かった」と住民に思わせないと反乱が起きる危険があるため、社会保障や生活環境を現在よりも良くしないといけない。それには相当な資金が必要になるからだという〉としている。廣瀬教授はプーチン氏が、▽旧ソ連地域にNATOが入ってくることは許さないというロシアの勢力圏をアピールできた▽武力侵攻の恐怖でウクライナ政治を混乱させ、親欧米派の失脚に向けて足がかりができた――など、すでに5つの「お土産」を得ているとも指摘している。
ニュースソクラでも執筆する東アジアウォッチャーの近藤大介氏は、やはり今回の決定前に2月22日、現代ビジネス「ウクライナ危機で『大戦争は起こらない』…そう確信する中国サイドの見立てと根拠」で、中国サイドからの見方として、中国の関係者が「最近のロシアはまるで『大きな北朝鮮』のようだ」「韓国程度の経済力しかないロシアに、ウクライナを中長期的に平定していける能力などない」などの見立てを披露。近藤氏は〈習近平政権が……プーチン政権崩壊も視野に入れ始めるかもしれない〉と解説している。
いずれも、プーチン政権もアップアップという見方だ。
とはいえ、核大国ロシアだけに、追い込めばいいというものではないはずだ。ウクライナ問題の解決の方向はどこにあるのだろうか。
ロシアに詳しい作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、2月4日文化放送「くにまるジャパン極」でウクライナ問題を解説。ウェブ版によると、ウクライナ東部の情勢について佐藤氏は〈実は国境に10万人のウクライナ軍を配備してるんですね。……ここは住んでる人はロシア系の人で親ロ派の武装勢力が実効支配してるわけです。……ウクライナはそこに無人飛行機を飛ばしたりしてかなり挑発してるんですよ〉と指摘。ゼレンスキー大統領について〈ポピュリストなんです。元々はコメディアンで政治的な経験は全くない人。ナショナリズムに走って、今、ロシアに占領されてる地域はウクライナの支配の元に戻すんだということで、ドローンを飛ばして挑発を始めた。……今回の混乱を冷静に見ると、ゼレンスキー大統領のドタバタ。そこにみんなが振り回されてる感じですよね〉と述べている。
元外務次官で立命館大客員教授の藪中三十二氏は20日のTBS「サンデーモーニング」で〈米国は「ロシアがあすにも侵攻」というばかりで、外交努力をしていないという不可思議なことになっている〉と指摘。
ロシアの要求はウクライナがNATO加盟しないことと、NATOが東欧に配備したミサイルの扱いなどであり、〈これは米露が話し合うことは可能〉だが、経済制裁だといって圧力をかけるだけではプーチン大統領にスゴスゴと引き下がれというもので、〈振り上げたこぶしを下す外交的工夫は可能だと思うが、米国は本気になっていない〉と、米バイデン政権の対応を疑問視しつつ、外交での解決は可能だと強調している。
米バイデン政権の意図について目立った分析はみられない。建前では「民主主義陣営を守る」ということになる。ロシアの横暴を許せば台湾問題で中国に誤ったメッセージを与えるとの懸念もあるだろう。この点について、やはりTBS「サンデーモーニング」で姜尚中・東大名誉教授は、ロシアとトランプ前大統領との関係も踏まえ、与党民主党の劣勢が予想される今秋の中間選挙での巻き返しを図る狙いもあるとの見方を示している。
「強力な制裁を」など煽るような報道も目立つ。もちろん、不法な行為に歯止めをかける対応は求められる。さらに、欧州が混乱している間に米国の手が回らないアジアで中国が勢力を拡張するとった動きには注意が必要だが、冷静に外交を重ねる知恵が求められていることを肝に銘じたい。
ウクライナ危機の「背景」認識や今後の分析、分かれる |
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【論調比較・ウクライナ危機】危機を招いたのは露か米か、それともウクライナ?
公開日:
(ワールド)
プーチン露大統領とバイデン米大統領のオンライン会談(2021年12月6日)=cc0
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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