米国が主導するインド太平洋地域の新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(Indo−Pacific Economic Framework=IPEF=アイペフ)」が、バイデン米大統領来日中の2022年5月23日、発足した。
正確には協議開始で合意したということだが、経済面で中国に対抗しようという枠組みに13カ国が集まった。これが多いか、少ないか、見方は分かれるところで、経済的にどこまで実効ある合意に至るか、また他の貿易協定などとも絡んで中国との関係がどう展開するのか、見通しは立っていない。
大手紙は日米首脳会談やクワッドなど一連の会議を大きく報じる中、IPEFについても、個別に、またアジア太平洋地域問題の流れの中で紙幅を割いて報じているが、「中国排除」へのスタンスの違いを反映して、評価は微妙に分かれた。
23日、バイデン大統領、岸田文雄首相、翌日の日米豪印4か国(クワッド)首脳会合出席のため来日したインドのモディ首相の3人がならび、豪州、ニュージーランド(NZ)、韓国、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)のインドネシア、タイ、マレーシア、フィリピン、シンガポール、ベトナム、ブルネイの10カ国の首脳がオンラインで参加した会合を開催し、IPEF発足を宣言した。
ここに至る経緯を確認しておこう。
米国はオバマ政権が主導して2016年4月に環太平洋経済連携協定(TPP)を締結した。モノの関税だけでなく、サービス、投資の自由化を進め、さらには知的財産、金融サービス、電子商取引、国有企業の規律など、幅広い分野で21世紀型のルールを構築する経済連携協定で、中国が受け入れにくい内容を含むことで、その影響力拡大をけん制する狙いだった。しかし、「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ政権が、外国製品の流入で米国内の雇用が脅かされると批判し、2017年1月に離脱した。
2021年発足したバイデン政権は、国際協調に背を向けたトランプ路線を転換し、協調の再構築に努め、ウクライナに侵攻したロシアへの国際的な制裁でも成果を上げている。ただ、TPPには米国内の反発が根強いことから、政治的に復帰を進めるのは困難になっている。
そこでバイデン政権は21年10月、TPPに代わる構想としてIPEF提唱した。TPPから離れたとはいえ、経済面での協力やルール作りをアジア諸国などと進め、中国に対抗する狙いがある。
日本は、米国が抜けた後のTPPを11カ国で18年末に発効させ、英国の加入も促しながら米国の復帰を求めている。一方、米国が抜けたすきを突く形で中国は21年9月にTPPに加盟を申請した。アジアには日中韓、東南アジア諸国連合(ASEAN)など15カ国が参加する地域的な包括的経済連携(RCEP)も22年1月に発効し、これは中国が主導的役割を果たしている。米国のTPP離脱以降、アジア経済での中国の存在感は増す一方で、米国の影が薄くなっていた。
日本はインド太平洋地域において、中国の影響力が軍事、経済両面で増大するのを抑えるために米国との連携が不可欠として、IPEFに協力する方針に舵を切っていた。
バイデン政権は22年5月12、13日にワシントンにASEAN各国を招いて特別首脳会議を開催し、11月に首脳会議を開いて、双方の関係を「包括的戦略パートナーシップ」に格上げすることで合意した。IPEFについては、この場でも各国に参加を働きかけた。
IPEFは具体的に何を目指すのか。①デジタル経済を含む貿易の推進、②重要物資のサプライチェーン(供給網)の強化、③脱炭素などに役立つインフラ整備、④税逃れや汚職の対策――の4分野で構成し、それぞれ政府間協定の交渉を始めるという。
貿易については、通常の自由貿易協定、あるいはTPPのような経済連携協定と違い、市場開放(関税引き下げ)には踏み込まない。米国市場への輸出拡大を見込むASEAN各国にとって関税抜きの協定はメリットが乏しいと指摘される。
これについてバイデン大統領は発足会合で「私たちは21世紀の新しいルールをつくっているところだ。それは経済成長をより早く、より公平に実現する」と述べ、デジタル分野のルール作りを進め、域内でのビジネス機会を拡大させることなどを挙げ、参加するメリットをアピールした。また、米通商代表部(USTR)のタイ代表は3月の上院の委員会で、労働・環境などの面で基準を満たした国に便宜を与える考えを示したように、中国の人権問題を念頭に置いた仕組みも視野に入れている模様だ。
サプライチェーンについても、半導体などの供給について情報共有体制を整え、災害への対応のほか、中国依存を減らす狙いが込められている。今回の日米首脳会談では、日米が半導体の開発、供給網の強化で合意しており、その延長上でIPEFでも協力を進めていく考えとみられる。
インフラに関しては、中国が進める「一帯一路」に対抗した融資制度などを検討する見込み。これに関連し、24日のクワッド首脳会合では今後5年間でインド太平洋地域に500億ドル(約6.3兆円)以上のインフラ支援や投資を目指す方針を確認しており、IPEFと連動したものといえる。
ASEANの国々をどこまで巻き込めるかが注目されていた。日豪NZに加え、バイデン大統領が訪日前に訪れた韓国の尹錫悦大統領が参加の意向を示した。注目のASEANではシンガポール、タイが事前に参加の意向を表明していたが、直前の「票読み」でも日米含め8カ国程度にとどまるとの見方が多く、例えば日本経済新聞20日朝刊は「東南ア・インドの参加焦点」との記事で、日米豪NZ韓シンガポール、タイなどに「とどまる」としていた。
事前の見立てから考えると、インドの参加に加え、ASEAN10か国中、中国と近いカンボジア、ラオス、クーデターで先進各国から制裁を受けるミャンマーを除き、7カ国が参加したのは、ひとまず成果と評価できそうだ。「米中間の板挟みといわれるが、東南アジアは中国一辺倒には警戒感が強く、米国の関与への期待は大きい」(外交筋)との解説もある。
IPEFを大手紙各紙はどう分析・評価しているのだろう。
朝日は4面「日本が仲介役」、読売2面「苦肉のIPEF始動」、産経2面「加入働きかけ 日本奔走」などで、日本が米国とASEANの橋渡し役として重要な役割を果たしたことを書き込んだ。朝日は〈自国に有利なルールづくりを進める中国に対抗するには、IPEF構想を指示せざるを得なかった〉との背景を指摘したうえで、「米国の無理な注文を、アジアで受け入れられる内容に調整してきた」との経済産業省幹部のコメントを紹介。
産経は〈構想にアジア側が抱く不安を(米側に)伝達する橋渡し役もになった〉と指摘。読売は日本政府が〈ASEANと中国の結びつきが強いことを踏まえ、「踏み絵を迫らないよう、対中国色を弱めるべきだ」と助言した〉などと書いている。
一方で、米国の国内事情により関税引き下げを含まない交渉となるだけに、どこまで実効ある合意に至るかは未知数だ。日経3面「中国対抗軸 期待と不安/連携の具体策これから」は〈新興国が期待する米市場の開放という恩恵がなければ求心力は落ちる〉と指摘。毎日7面「『脱中国依存』主眼/経済枠組み複雑化」はTPP、RCEPなどと並立して複雑化することを踏まえ、〈IPEFの登場は(日本が重視する)TPP拡大に水を差す懸念もある〉と、韓国やタイなどがTPPよりIPEFを優先する可能性を指摘している。
各紙社説(産経は「主張」)は24、25日に一連の会談、会合全体の中で、あるいはIPEFに絞って論じた。
IPEFを含め、中国にらみの外交の基本的視点として、〈透明性を欠く軍拡を続け、既存の秩序に挑む中国の対外政策が、地域に緊張をもたらしているのは紛れもない〉(朝日24日)という見方は各紙共通する。
その中で、IPEFを、米国の経済面での「アジア回帰」として各紙、おおむね歓迎する。
〈米国が、IPEFにより再びアジアへの影響力を強める意向を示したことは歓迎できる〉(読売24日)
〈TPPから離脱した米国が、再びアジア経済への関与を深めようとする姿勢は評価したい〉(毎日25日)
〈急速に影響力を高める中国に対抗し、経済でも米国がアジア秩序に重点的に関わる土台を築くのは前進だ〉(日経24日)
〈バイデン氏がアジアへの関与を強める方針を示したことを歓迎したい〉(東京24日)
米国とアジアの間をつなぐ日本の役割も、〈日本は各国のニーズをくみ取り、米国との調整にあたるべきだ〉(読売)、〈国際秩序の維持には米欧とアジアを橋渡しする取り組みもさらに必要になる〉(日経)などと指摘される。
ただ、対中姿勢の程度、強硬一辺倒か、外交の役割をどう考えるかという点で、主張に差がある。
産経(24日)はバイデン大統領の台湾防衛に関与するとの発言を評価して〈ホワイトハウス高官は台湾政策に変更はないと釈明したが、大統領発言をうやむやにしてはならない〉と指摘。日本についても〈安倍晋三元首相が「台湾有事は日本有事だ」と指摘している。岸田首相や閣僚、与党は同様の認識を共有し、発信していくべきだ〉と、安倍氏ら保守派の発言に呼応する形で岸田首相に中国への強硬な対応を求めている。
産経はまた、米国が中国を過度に刺激するのを避けるため、IPEF発足時の台湾の参加を認めなかったことについて、〈台湾が参加すれば、地域のサプライチェーン(供給網)はさらに強化される。日本は台湾参加を各国に働きかけていくべきだ〉と訴えている。
読売も、〈日米の首脳が国連改革や世界経済など幅広い課題について連携を確認した意義は大きい。……自由や民主主義、法の支配などの普遍的価値を重視する日米は、同盟を強化し、国際秩序の維持を主導する責務がある〉と、特にアジア太平洋での日米の協力の重要性を強調。具体的に、日本の防衛費増額や「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の検討など、岸田首相がバイデン大統領に語った課題を着実に進めるよう求めている。
安全保障については2紙に近い論調の日経は、台湾有事の可能性を踏まえ〈こうした事態を防ぐため、日米は抑止力と対処力を高める必要がある〉と指摘。また、経済紙らしく、IPEFの実効性への懸念を書き、〈半導体や蓄電池の供給網の強化、デジタル取引や脱炭素など、IPEFの方針や方策を迅速に具体化し、実効性を高めてほしい〉などと注文している。
こうした政権に近い3紙の主張に対し、朝日など3紙は慎重だ。
朝日はロシアのウクライナ侵攻について〈西側諸国がロシアを巻き込んだ秩序づくりに成功していれば、違った展開もありえただろう〉と、「外交の失敗」の側面を指摘し、IPEFを含む対中戦略についても〈経済安全保障の名の下に、相互依存関係の切り離しを進めるだけでは、平和と安定は保てない。米国の前のめりな姿勢を抑え、対話や信頼醸成の取り組みを交えた共存の道を探ることこそ、中国の隣国でもある日本の役割だ〉とくぎを指している。
毎日(24日)も、〈アジアの安定を維持するには、何よりも日本が国益を守るための独自外交を戦略的に展開する必要がある〉として、大平内閣が発案し、鈴木内閣が実行し、中曽根内閣が継承した「総合安全保障」の考え方の復活を訴え、〈資源や医薬品の備蓄、先端技術の開発、安全なサプライチェーンの構築など、非軍事の分野を含めた包括的な安全保障戦略を描く必要がある〉と呼び掛ける。
東京は〈対決一点張りの姿勢では困る。気候変動、感染症といった地球規模の課題には中国の協力は欠かせない。……競争が衝突にエスカレートしないために巧みなかじ取りが求められる〉と指摘している。
中国の膨張主義への対抗という意味でIPEFの意味は小さくなく、その成否はアジア諸国をどれだけ巻き込めるかにかかっている。中国が最大の貿易相手という国も多いなか、関税引き下げによる米国市場へのアクセス拡大という新興国へのインセンティブのないIPEFの力不足は否めない。それだけに、日本の「米国とアジアの橋渡し役」としての重要性も、各紙が指摘する通りだが、そうした役割を担うのであればこそ、日本の防衛費増額や反撃能力保有などの議論も、「戦時」の熱狂のような勢いで進めていいはずはない。
IPEFで対中国、読売・産経は強硬一辺倒、朝日などは対話求める |
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【論調比較・IPEF】各紙、米国のアジア関与の姿勢は評価
IPEF初の首脳級会合(2022年5月23日)=CC BY /首相官邸
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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