菅首相は4月16日バイデン米大統領とホワイトハウスで首脳会談を行い、共同声明を発表した。日米同盟に関する要旨としては「日本は防衛力を強化することを決意した」「米国は日本の防衛に対する揺るぎない支持を改めて表明し、日米安保条約5条(共同防衛)が尖閣諸島に適用されることを再確認した」とした。また中国に対しては「東シナ海における一方的現状変更の試みと中国の不法な海洋権益に関する主張に反対し、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和解決を促す」などを述べている。
「在日米軍の地位に関する協定」では尖閣諸島の赤尾礁、黄尾礁が米海軍の砲撃、爆撃訓練の標的として提供施設になっているから、尖閣諸島が安保条約の適用対象であるのは自明の事だ。この2つの岩礁の名は中国風だから、近年日本では「大正島」「久場島」と呼ぶことにしているが、地位協定では従来のままだ。
日中漁業協定では双方とも尖閣諸島周辺200海里の排他的経済水域に適用せず、相互入漁を認めているから、中国が尖閣を奪取しても経済的に大きな利益はなく、日中の経済関係が断絶するから双方に不利だ。
軍事的には中国の潜水艦隊は海南島を主要な基地としているから、太平洋に出る際は台湾の南のバシー海峡を通るのが近道だ。尖閣諸島を取っても戦略的価値は乏しい。
中国の「海警」と日本の海上保安庁が競って大型の巡視船を建造し、特に中国の巡視船が日本領海に入って威力を示し日本人を刺激するのは有害無益な行動だ。2011年11月の安倍・習近平会談に際し、尖閣諸島に関して「双方が異なる見解を有し、戦略的互恵関係の原点に戻って関係改善をはかる」との玉虫色の合意事項を発表したが、その後、事態は逆方向に流れてきた。
日本では米国との同盟の強化で「米軍が尖閣防衛に加わってくれる」と歓迎する声が多いが、米国は日本、インド、オーストラリアと共に4カ国で中国包囲網を形成しようとしている。だが、インドは建国以来、非同盟政策を国是とし、冷戦期には米国がそれを「非道徳」と非難したためソ連に傾き、中古の航空母艦、原子力潜水艦、新鋭戦闘機などの装備はソ連から購入してきた。現在も米国の意向に逆らってロシア製対空ミサイル「S400」を調達し、操作要員はロシアで訓練している。
ソ連の崩壊後インドは米国に接近したが、対外関係では巧妙だから、躍進著しい中国との全面的衝突は避ける可能性がある。
オーストラリアは2017年の輸出の37%が中国(香港含む)向けだから親中的だったが、近年中国の富裕層が高級住宅を買って移住するなどへの反感が高まり、にわかに反中に傾いている。だがオーストラリアの陸軍は2万9500人、戦闘機は89機、海軍は艦齢約20年で旧式化しつつある潜水艦6隻、駆逐艦3隻、フリーゲート11隻だから、もし米国が中国と戦う場合には、あまり助けになるとは思えない。
英、仏、独なども軍艦を太平洋、インド洋に派遣する様子だが、これはごく少数で、常時アジア水域にいるわけではなく、お付き合いに顔を出す程度だ。」米国としては中国封じ込めに日本の陸上自衛隊約15万人、海上自衛隊の水上艦48隻(うち軽空母4隻)、潜水艦22隻。哨戒機72機、航空自衛隊の戦闘機330機の協力を得たいところだろう。
一方、2015年4月の「日米防衛協力のための指針」では島嶼などの陸上攻撃に対して「自衛隊は陸上攻撃を阻止し、排除するための作戦を主体的に実施する」とし「米軍は自衛隊の作戦を支援し、および補完するための作戦を実施する」と定めている。日本有事の際には米軍は地上戦の正面に立たず、裏方に回ることになる。
またこの指針では「米国又は第三国に対する武力攻撃に対処するため……武力の行使伴う行動を決定する場合であって、日本が武力攻撃を受けるに至っていないとき、日米両国は当該武力攻撃へ対処及び更なる攻撃の抑止において緊密に協力する」としている。
第3国で戦争が起き、米国が武力行使を決めれば、日本は米国および他国と適切に協力すると定めたのは、自衛の枠をはるかに超えるもので、たとえばベトナム戦争のような事態が起きれば、日本も参戦することになる。
米国は中国のGDP(国内総生産)が昨年米国の70%を超え、2028年には米国を凌ぎそうな形勢となり、米国の覇権を脅かす、と見て中国に対する経済制裁を強化してきた。
だがその効果はなく、中国の昨年の対米貿易黒字は「貿易戦争」開始前の2017年より15%もの増加となった。コロナウィルスの蔓延で米国の昨年のGDPがマイナス3.5%だったのに中国は2.3%増となり、今年第14半期には18%増を記録した。
経済で競争しても中国に追い上げられる米国は国際政治への影響力と軍事力を誇示して覇権を保とうとする方向に進みかねない。米国はベトナム戦争で苦戦し、なんとか面目を保って撤退するため、ソ連と対立していた中国を抱き込み、南ベトナム政権を残したままで停戦するよう北ベトナムを説得させた。
その代償は中国との国交樹立と国連加盟支持だった。台湾と断交し、中国が一つであることを認めて台湾を国連から追い出したが、それを忘れたように最近「台湾の国連加盟」を米国の国連大使や国会議員達が語ることも起きている。その第一の前提は台湾が独立を宣言し、米国が台湾を主権国家として承認することだが、そうなれば中国は台湾に対して軍事行動を起こさざるを得ないだろう。
もっとも台湾政府の大陸委員会の昨年11月の世論調査では、台湾住民の87.6%は今日の台湾が事実上独立していながら、国際的には主権国家と見られないあいまいな状況を当面続ける「現状維持」を望んでいる。
「すみやかに独立」を求める人は5%にすぎない。台湾の輸出の44%は香港を含む大陸向けで、台湾の対外投資の約60%は大陸にあると言われ、約100万人の台湾人が中国本土で勤務している。中国と台湾の経済は資材や部品の供給などで相互依存の関係にあるから、中国に対し強硬な姿勢を見せる蔡英文総統も独立宣言には慎重だ。
中国は1700人の陸兵と車輌を選べる4万トン級の揚陸艦を就役させ、2隻目も建造中だ。ほかにも比較的新しい揚陸艦14隻を持つが、それらの運べる兵員は計1万3000人程度だ。第2波、第3波として商船、漁船を動員しても台湾陸軍8万8000人と海兵隊1万人を圧倒するだけの兵力を投入するのは容易ではない。
台湾に攻め込んでも工業を破壊し大混乱を起こしては何の益もないどころか、長期に渡って2400万人の台湾人の統治に苦労せざるを得ない。台湾人の大多数は現状維持を望み、台湾政府や米国などもその民意を尊重するなら中国が攻撃をする必然性はないだろう。
だが、米海軍と中国海軍が中国沿岸で対峙し、たがいに威嚇をする状況が続けば衝突事故が起きたり、挑発が戦争に発展する危険がある。冷戦時代には米海軍の空母がウラジオストックの前面で艦載機の発着訓練をして戦力を誇示したのに対し、ソ連は多数の爆撃機を出して威嚇、ソ連の駆逐艦が米空母の進路を妨害するうち、米ソの駆逐艦が衝突したこともあった。
日本が真珠湾攻撃をする6日前の1941年12月2日には、米国がマニラ湾から木造の機帆船「ラニカイ」に米国海軍大尉と水兵6人、フィリピン人船員12人を乗せ、小型の砲1門を搭載、星条旗を掲げて日本軍が駐留していたベトナム沖に出航させた。
これを日本海軍が発見して攻撃すれば「米国軍艦を攻撃した」として、日本と戦争を始める計画だった。低速のため途中で真珠湾が攻撃されて帰港を命じられ、おとりの乗組員は命拾いをした。この時の艦長だった大尉は戦後、少将まで昇任し、退役後に手記を公表した。
ルーズベルト米大統領は第二次世界大戦に参戦しない公約を掲げて当選したが、大西洋で米海軍は英国商船を護衛してドイツのUボートと交戦していた。公然と参戦するため「日本が攻撃をした」との口実が必要だったのだ。
南北ベトナム内戦に米軍が本格的に介入したのは1964年8月2日、米駆逐艦「マドックス」が南ベトナムの工作員を北ベトナムに潜入させようとし、北ベトナム魚雷艇と交戦、4日にも同種の事件が起きたとして空母2隻の艦載機で北ベトナムの海軍基地を攻撃したのがきっかけだ。米海軍はマドックスが公海を航行中に魚雷攻撃を受けたと発表、さらに4日にも似た事件が起きたというのは虚報だった。
イラン・イラク戦争で米国はサダム・フセインが率いるイラクを支援していたが、1988年7月3日に米巡洋艦「ビンセンス」がイラン領海内でイランの哨戒艇を追い回し、挑発行動をしていたところ、近くの飛行場からイラン航空の旅客機が離陸したため、イラン空軍機が挑発に乗ったと誤認し、対空ミサイルで撃墜、290人を死亡させた。この時、米国防総省がメディアに配った地図は1つのイラン領の島を消し、「公海上だった」と発表したがメディアは本物の地図も見たため小細工が露見した。
1898年の米国とスペインの戦争前には米国はスペイン領だったキューバの独立派を支援し、官憲が住民を弾圧していると非難、自国民保護と称して戦艦「メイン」をキューバのハバナ港に派遣した。ところが2月15日「メイン」は爆発し、沈没、乗員266名が死亡した。外側からの攻撃の形跡はなく、石炭庫にたまったガスの爆発の可能性が高いようだが、米国の新聞は「スペイン人による破壊活動」と報じ、主戦論を煽り立てた。
衰弱していたスペインと新興の米国との戦いでスペイン大西洋艦隊は全滅、米軍は約10年間キューバを占領、保護国とし、スペイン領だったフィリピン、グアム、プエルトリコを獲得した。
フィリピンではこの戦争を機に独立派が蜂起しスペイン軍を降伏させ、独立を宣言していた。戦争中は独立派を激励していた米国はフィリピンの独立を認めなかったから米軍と独立軍との戦争になり、やっと3年後に米軍は「反乱の終息」を宣言したが、南部ではゲリラの抵抗は6年続いた。
米軍は農地を焼き払って住民を弱体化させる戦略をとり、「子供以外は皆殺せ」と命じた指揮官もいた。米軍はフィリピン人20万人が死亡と議会に報告したが、フィリピンでは死者150万人との説もある。「人権」を唱えてキューバに侵攻した米軍が大量殺害、植民地支配を行う結果となった。
こうした戦史の例を考えれば、戦争が謀略や挑発で始まったり、思いもよらない長期戦に発展することは稀ではない。米国との同盟関係は安保条約にある通り、日本、あるいは米国の施政権下にある領域が直接の攻撃を受け、純粋の自衛戦をする場合に発動するべきであり、第3国への介入や予防戦争に協力するのは安全保障上のリスクが大きすぎる。
台湾有事への深入り 自衛を超えリスク大 |
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【軍事の展望台】中国の台湾進攻に必然性ないが、挑発が戦争に発展も
公開日:
(ワールド)
日米首脳会談=Reuters
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田岡 俊次(軍事評論家、元朝日新聞編集委員)
1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。82年新聞協会賞受賞。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』(朝日新聞)など著書多数。
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