公正なルールを守るため、各国が都合の悪いことを目隠しするのではなく、情報開示のための通報をしなさいという意味だ。ところが、日本政府は牛肉関税の削減などを盛り込んだ日米貿易協定を、平然とカーテンで覆い尽くした。海外から批判の声が上がっている。

外務省のHPから
一方、米国側は工作機械、先端技術品目などで関税を撤廃・削減したが、TPPで合意した自動車関連関税の撤廃については「さらに交渉する」という文言を付属書に盛り込んだだけで事実上棚上げされた。
同協定は、発効後6カ月たってもWTOで定める通報手続きをとられていない。外務省北米2課はその理由として「日米間で調整中なので通報していない。交渉中なので内容は明らかにできない」と詳しい説明を拒む。
日本は過去17の経済連携協定(EPA)を結んできたが、すべて通報している。しかも、ほとんどが発効前の事前通報だ。半年も放置する日米貿易協定は極めて異例と言えるだろう。
日本政府は同協定の説明で「追加交渉で米国の自動車関税が撤廃されることが前提だ」としているものの、米側はたんに「交渉はする」という立場。協定の主要な「成果」が玉虫色では、WTO通報が難しいのは当然だ。
通報はWTOで重い意味を持つ。加盟国間の貿易で不公平な取り扱いを禁じるというのが、WTOの基本原則だ。EPAは協定内の国だけを優遇するルールを設定する一種の横紙破りだが、協定がほぼ全ての分野で関税撤廃をすることなどを条件に認められる仕組みだ。
「WTO事務局にEPAの条文やスケジュール、関連情報など内容をできるだけ早く通報することが義務付けられている」(外務省国際貿易課)のは、加盟国が協定がルール違反していないか吟味できるようにとの理由だ。
年頭に発効した同協定は、WTO通報をしないまま牛肉などの輸入関税の削減を、米国だけに限定して与え続けてきたことになる。力の強い国が自分だけ特別の扱いをもぎとるのでは、公平な貿易の理念とはほど遠い。
WTO重視を掲げてきた日本が「米国第一」を掲げWTOを重視しないトランプ政権に引きずられたようだ。米側は追加の交渉で、自らの自動車市場開放は棚上げしたまま、日本に一層の農産物市場開放を求める方針で、やりたい放題だ。
各国は批判的に見ている。EUは7月6日のWTOの会合で、日米貿易協定を念頭に置いた上で、日本がWTOのルールに違反しないようにとくぎを刺した。同じ場で韓国も「日本はこれまで通報義務を実直に果たしてきた」と持ち上げつつ、日米貿易協定の通報が遅れていることを皮肉った。
冒頭の外務省文書は、通報に消極的な加盟国を批判したものだが、日米貿易交渉の推移を見る限り、日本政府は天に向かってつばを吐いていることになる。
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国際貿易政治論が専門のハーバード大学のクリスティーナ・デイビス教授に、日米貿易協定とWTOの関連について電子メールでインタビューした。今回の通報遅れは、トランプ政権のWTO軽視が背景にあるとして、早急な是正に向け、両国が努力することを求めた。
「WTOの正当性を重視せず、恣意的に決まる米国の通商政策は、中国を含め他の国々に打撃を与えている。同時に規則違反者として活動する米国自身も傷つけている。米国はWTOのルールに則った通商政策を支持するべきだ」
「適切な通報政策は重要だ。実際、米国は中国の国家資本主義への対抗戦略の柱として、国内農業補助金の不明朗さや透明性の欠如を問題にしてきたはずだ」
「WTOにとって望ましい解決策は、日米が早急に第2段階の交渉をまとめ、直ちに通報することだ。それによって、通報と実質的に(日米の)すべての貿易を自由化するという自由貿易協定(FTA)の2つの義務を果たすことができるからだ」
「日米貿易協定は米側の自動車関連(の関税撤廃)だけではなく、日本側の農産物自由化のレベルも元々のTPP水準を下回っている。より質の高い水準を目指すべきだ」
「米国の大統領選挙で政権が交代すれば、新政権はCPTPP(米国を除いたTPP)への加盟交渉を直ちに始めることで信頼を勝ち取ることができる。その場合、現在の第1段階の日米貿易協定は、米国のCPTPP加盟の開始点となるだろう」
以下は外務省ウェブサイトに今年掲載された「なぜ、今、WTO改革なのか」連載9回目の「ルールしっかり守っている?」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/it/page25_001961.html