アメリカ東部時間の10月11日午後3時36分から、35分間にわたって、中国の劉鶴副首相ら代表団が、ホワイトハウスのドナルド・トランプ大統領のもとに招かれた。13回目となった米中閣僚級貿易交渉が一定の成果を得たとして、例によってテレビカメラを入れての「トランプショー」が炸裂したのだ。
この日のトランプ大統領は、コンパクトにすると、こんなことをアピールした。
「非常に重要な『フェイズ1』のディールが成立した。チリの大きなサミット(11月16日、17日のAPEC)の頃、サインできるだろう。
中国は、これまで最高時に160億ドルもしくは170億ドルの農産品を購入していたが、今回400億ドルから500億ドルに引き上げられるのだ。だから農家はすぐに土地を買い、トラクターを増やすべきだ」
だが、アメリカ国民も世界も、トランプ大統領のパフォーマンスには、もうすっかりシラケていて、高揚感は見られなかった。
折りしも、ワシントンでは野党・民主党が大統領の弾劾を求める「ウクライナ疑惑」に続いて、トルコ・シリア問題が噴出している。トランプ大統領がアメリカ軍のシリアからの撤退(クルド人勢力支援の放棄)を発表したとたんに、トルコがシリア北部に攻め入って大混乱に陥っている問題だ。
10月14日にこの件で会見を開き、「トルコに鉄鋼関税を50%アップする制裁を課す」と述べたのは、トランプ大統領ではなくマイク・ペンス副大統領だった。大統領はすでに軍事的主導権も失っているのかもしれない。
高揚感がないのは、中国も同様だ。ある中国の関係者が語る。
「習近平主席とトランプ大統領の関係は、冷めきった夫婦のようなものだ。まだ『離婚』はしていないが、もはや相手に対して期待もしないし、真摯に向き合うこともない。
トランプはいつもその場限りの『言いっ放し』で、言動に責任を持つ政治家ではないからだ。それで、来秋の大統領選挙を見据えながら、付かず離れずの関係を保っているというわけだ。
われわれは、来秋にアメリカ大統領の座に就くのは、通商強硬派のトランプか、軍事強硬派のペンスか、人権強硬派のウォーレン(上院議員)のいずれかと見ている。この3人を較べれば、中国にとって最悪はペンス、続いてウォーレンだ。つまりトランプは、消去法でベストということになる。
だから今回も、トランプに花を持たせてやったのだ。トランプが述べているように、来月のチリAPECに合わせて行われる中米首脳会談で、『一時的な』合意を発表するだろう。中国が特にアメリカから買い増すのは豚肉だ。中国では最近、豚コレラが蔓延していて、豚肉の値段が高騰し、国民の生活を苦しめている。そのためアメリカからの輸入は、一石二鳥というわけだ」
中国は、アメリカとの「対立」は長期戦になると見て、周辺諸国との「善隣友好」に力を入れている。まず足元を固めようというわけだ。
中でも、とりわけ重視しているのが、アジアの大国である日本とインドだ。日本には、10月22日に行われる新天皇の即位礼正殿の儀に、王岐山副主席を派遣する。習近平主席が2012年以降、看板政策にしてきた反腐敗闘争の指揮を託してきた右腕だ。安倍晋三首相との首脳会談では、さらなる日中連携を唱えることが予想される。
日本の外交関係者が語る。
「昨年10月に安倍首相が訪中した際、52項目の日中共同プロジェクトを決めた。今回は王副主席が、さらなる『第三国プロジェクト』の推進を持ちかけてくると見ている。日本としては、習近平政権が進める『一帯一路』に乗っかるつもりはないが、『第三国プロジェクト』と名前を変えた共同事業は、少しずつ進めていくつもりだ。すでにフィリピン、タイ、ミャンマーで日中共同事業を始めている」
中国の「対日スマイル」は、経済分野にとどまらず、軍事分野にも及んでいる。10月14日に行われる予定だった3年に一度の自衛隊観艦式は、台風19号の影響で中止となってしまったが、海外から参加することになっていた7ヵ国(アメリカ、イギリス、カナダ、シンガポール、オーストラリア、中国、インド)の中で、最も注目を集めたのが、初参加する中国だった。10日には横須賀港に、中国海軍のミサイル駆逐艦「太原」が入港し、盛大な歓迎行事が開かれた。
中国人民解放軍は、9月17日から26日にも、24名からなる左官級訪日団を防衛省・自衛隊に派遣している。彼らの歓迎レセプションに私も参加したが、中国側の誰もが金太郎飴のように「中日友好」と笑顔で口にしていたのが印象的だった。
インドに関しては、習近平主席が10月11日と12日、インド南東部のチェンナイを訪問し、1泊2日でナレンドラ・モディ首相と長時間の首脳会談を行った。新華社通信や中央広播電視総台(CCTV)のニュースでは、「竜象共舞」(中国の象徴である竜とインドの象徴である象が共に舞う)というお決まりの文句ばかりが強調していたが、両国はいったい何を話したのか。前出の関係者が続ける。
「首脳会談のテーマは主に4点だ。第一に、インドとパキスタンの紛争問題。8月のモディ首相の発表(パキスタンと国境を接するジャンムー・カシミール州の自治権剥奪を8月6日に発表)以来、インドとパキスタンは一触即発の事態が続いていて、最悪の場合、人類初の核戦争が勃発しかねない状況だ。そこで双方と友好関係を保っている中国が、仲裁に乗り出したのだ。
10月9日、習近平主席は緊急訪中したパキスタンのイムラン・カーン首相と会談し、パキスタン側と事前の擦り合わせを行った。それを踏まえてモディ首相と話し合い、とにかく双方の武力衝突を避けるために動いた。
第二に、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)の早期締結だ。RCEPはアメリカ抜きで中国が主導する東アジア16ヵ国の自由貿易協定だが、インドがネックになって年内の基本合意が危ぶまれている。そこで、インドの主張をある程度組み込んだ上で、年内妥結に至るよう説得したのだ。
s講談社+α新書 税込907円 第三に、『一帯一路』へのインドの参画だ。日本とのように変則形でもよいので、インドの参画を促したい。
第四に、5G(第5世代移動通信システム)での連携だ。アメリカが提唱している『ファーウェイ排除』に乗らないで、連携して5Gを進めていこうということだ」
中印首脳会談の結果がどうなったのかは不明だが、今年5月に再選されたばかりのモディ首相は、このところのインドの経済停滞に苦悩している。10月4日、インド中央銀行は今年度の経済成長率見通しを、従来の6・9%から6・1%に下方修正した。そのため、ある程度は中国との連携に乗り出す可能性がある。
アメリカの凋落に伴って、中国がアジアをじわじわと「制圧」していくのか。それともアジアは混乱に向かうのか。そこはまだ見えてこない。
相変わらずのトランプショーに、シラケた空気 |
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【近藤大介の自著を語る】信頼失うトランプ外交、隙突き中国の日印への接近
公開日:
(ワールド)
CC BY /国土地理院
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近藤 大介(ジャーナリスト)
東大卒、講談社入社。中国、朝鮮半島を中心とする東アジア取材がライフワーク。「現代ビジネス」に連載中の「北京のランダム・ウォーカー」は300回を超え、日本で最も読まれる中国関連ニュースのひとつ。現在は週刊現代特別編集委員兼編集次長で、現代ビジネス・コラムニスト。2008年より明大講師も兼任。
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