米国のバイデン大統領の決断によるアフガン撤退は誤算の連続と言えよう。上院外交委員長、オバマ政権時代の副大統領として長年アフガン問題にかかわってきたバイデン氏としてもこれほど早くアフガン政府軍が瓦解してガニ大統領が国外脱出するとは思ってもいなかったことであろう。
カブール空港から飛び立った米軍輸送機から地上に振り落とされた犠牲者がいたことなど、まさにベトナム戦争にけるサイゴン陥落を想起させる大混乱が起きた。バイデン大統領にとって就任以来初のつまずきであり、さらには米国外交・政治上の大失政と批判されている。
首都カブールがタリバンの手で陥落して、残った米国民や情報提供、通訳事務で協力してくれたアフガン国民を国外脱出させることが米国政府の最大の使命となる。
この間、バイデン大統領は「混乱のない撤退はない」「こんなに早くタリバンが制覇したのは、アフガン政府軍が戦闘意欲をまったく見せなかったためだ」「アフガン政府ならびに軍隊に、これ以上の援助、軍事支援を続けても全く効果はない」「アフガン撤退は、もともとトランプ前政権が決めたものだ」と他人への批判に終始してきた。
こうしたバイデン大統領の言い訳がましいとも思われる自己正当化を聞いて不快に思うコメントは米国内外から数多く寄せられている。
米国内ではトランプ前大統領、ペンス前副大統領、マッコ―ネル上院院内総務と共和党関係者が容赦のない批判を続けている。バイデン政権への支持率も初めて50%を切った。民主党内部でも担当閣僚の意見や情報機関の分析に従わずに自らの長い外交経験に頼った決断をしたバイデン大統領への批判が聞かれることも確かだ。
しかし、米国民の多くは9.11以来20年に亘る米国としても最長の戦争に厭戦(えんせん)気分を強めていた。バイデン大統領が撤退を宣言した時には拍手をもって歓迎した。いまでも7~8割の米国民が全体としては撤兵支持を崩していない。
一部には「20年に及び1兆ドルを越える資金を注入して、占領下のかつての日本で成功したように、アフガンにも民主国家を建設するというブッシュ政権以来の目論見は大きな失敗に終わった」「したがって1年あるいは5年、10年、米軍がとどまっていたとしてもタリバンの支配は逃れがたかった」とバイデン大統領を擁護する意見もみられる。
バイデン政権はこれから3兆ドルを越える気候変動対策、インフラ整備などの大型財政支出を協議しなければならないが、共和党はもともと徹底抗戦する構えを見せてきた。アフガン撤退が国内政策に響くとはいえないだろう。
国際的にはバイデン大統領ならびに米国の威信が大きく傷付いた、との見方が多い。とくにNATO諸国からは表立って糾弾する声は大きくないとはいえ、NATOのバイデン大統領に対する信頼性は大きく低下したと言ってよい。
アフガンとの戦争は、米国が9.11でオサマ・ビンラディンのテロ攻撃を受けたことに端を発するものであった。これはNATOにとっても「加盟国に対する攻撃は、他の加盟国への攻撃と同一とみなす」というNATO条約第5条の集団的自衛権を発動した初めての戦争であった。ちなみに米国とともに出兵したNATOはこの20年で1,100人の戦死者を出した。米国は2,500名近い戦死者を出している。
NATO諸国は、アフガンの人口4,000万人の多くが欧州に難民として押しかけかねない、それよりも何よりもアフガンに世界のテロリストが集まって軍事訓練を行うなどのテロの温床となりかねないとの危惧を抱いていたため、バイデン政権に慎重な対応を求めていた。
NATO諸国もアフガンの情勢安定がいかに難しいかはかつて進駐したソ連の挫折などでよく分かっていた。しかも、米国は圧倒的な空軍力、卓越した情報収集力でアフガン情勢を曲がりなりにも安定させてきた。米軍は2,500人と少ない兵力でこの一年間、戦死者も出さずにアフガンの軍事的、政治的な安定に貢献してきた。
NATO諸国は、それなのにバイデン大統領は自国の利益のみにこだわってNATO諸国と緊密な協議を怠って早期撤退を敢行した、との反発を強めている。
英国では、トゥーゲントハット下院外交委員長が「バイデン大統領が自分の責任を棚に上げてアフガン政府軍の無気力を批判するのは恥ずべきこと」と批判し、テレサ・メイ前首相も「バイデン大統領がトランプ前大統領とタリバンとの交渉結果に基づいて撤退するのは間違いであった」と指摘した。ジョンソン首相はバイデン大統領との電話会談を望んだが、軽視されたのか、実現するのに1日半を要した。
ドイツのメルケル首相も内々にではあるが「米軍のアフガン撤退は国内の政治事情に基づくもの(国際的な影響は軽視)」としたほか、メルケルの後継者であるラシェットCDU党首も「NATOはその創設以来、最大の惨事に直面している」と嘆いて見せた。
バイデン大統領は大統領選挙中から「米国は世界から尊敬されるリーダーが必要である」とトランプ前大統領の米国第一主義を批判してきた。バイデン政権になってNATO諸国は大西洋をまたいで再び緊密な関係に戻ると期待してきた。それだけに、来年の中間選挙を控えて国内政治情勢を優先したバイデン政権に対する信頼の低下は大きい。
とはいえ、フランスのマクロン大統領がトランプ前大統領の時代に米国は頼りにならず、と欧州軍設立を主唱したのと違い、今回は表立っての批判を控えている。バイデン氏は大統領就任直後から気候変動に関するパリ協定やイラン核合意への復帰、WHO脱退の取り消しと国際協調路線に回帰したことを欧州首脳はいまなお評価している表れともいえよう。