中国武漢でのコロナ感染の発生以来、最悪の感染爆発がインドで起きている。
4月28日には1日の感染者数が36万960人と6日連続で世界最多記録を更新、死者数も世界で初めて3,000人の大台を超えた。
医療用の酸素、病院のベッド数などが全く足りずに酸素呼吸も受けられない。まして入院も断られて路上で亡くなっていく人が相次ぐという深刻な医療崩壊に直面している。そのショッキングな画像が世界中に映し出されて大きなショックを巻き起こしている。
この感染者数、死者数の数字自体驚くべきものであるが、それでも過小な数字であるとの指摘も多い。
例えばグジャラード州など4州での実際の死者数が火葬者数などから1,800人強と推計されているのに公式報告ベースでは228人に過ぎない、ジャムナガル市でも死者100人に対して報告された死者数はわずか一人に過ぎない、と現地では報道されている。累計感染者数が1,760万人との発表に対して、実際には1億人以上が感染しているとの見方もある。
インドでは2月に与党であるインド人民党(BJP)がパンデミックへの勝利宣言を出した。
当時から専門家の間では早計に過ぎるとの指摘もあったが、ロックダウンに対する飽きも手伝って楽観論も台頭した。政治的にもモディ政権、与党BJPは「コロナ感染を抑え切った」という実績を強調したかった。それはインド東部の人口9千万人を超える重要地域である西ベンガル州(旧カルカッタ、現コルコタが州都)での州議会選挙を3月から4月に控えてきたからだ。
選挙の遊説に同地を訪れたモディ首相・BJP党首は「これだけ多くの人が集まってきたのを初めて見た」といったぐらいであるから密もソーシャルディスタンスもあったものではない。
第一次感染を抑えきったとの宣言を受けてヒンズー教の「クングメーラ」(河で沐浴を行う大規模な宗教行事)にも何百万人ものヒンズー教徒が参加した。BJPはヒンズー教至上主義を訴える政党でもあり、宗教行事を止める意図も乏しかった。
さらに指摘されているのはワクチン接種の遅れだ。
世界最大のインド血清研究所(セラム・インスティチュート・インディア)がインド国民に対して一日240万回分のワクチンを製造して、一億人に対する接種を終えた。しかし、14億人を超える人口から見れば明らかにこのワクチン接種のペースでは過小であった。
モディ政権はインドで製造するワクチン(アストラゼネカ製とインド独自のワクチンがある)を宣伝のために国内で優先使用するとともに輸出まで行ってきた。もちろん、現在は輸出禁止にしている。
モディ政権のスローガンの一つが「インドを世界一の医薬品工場にする」ということであったため国威発揚を狙いにしたという事情もある。今回の第二波到来でさすがに自国製にこだわらず、輸入ワクチンも大量に受け入れると方針転換をしたが、遅きに失した。
今回のインドにおける感染第二波で深刻な事態として挙げられているのは、コロナウィルスのうち二重変異株(double mutant)が4月には5割を超えているとみられることだ。B1.6.17 と呼ばれるインドで発生した変異株は、ウィルスがヒトの細胞にとりつくトゲ(スパイク)の部分が変異して感染力が増しているL452R、二つ目の変異はE484Qと呼ばれワクチンの効力低下をもたらす懸念がある。ちなみに日本でも4月26日までに21件の二重変異株が確認されている。
いずれにしてもインドの爆発的感染拡大はトランプ大統領やブラジルのボルソナーロ大統領と同じようにモディ政権がコロナウィルス感染の深刻さを軽視して、政治や経済を優先してロックダウン解除などを急ぎ過ぎたという判断ミスがある。
ただ、こうなった以上、インドを救うために世界の各国が協調を示すことが自分たちのためにも不可欠である。
WHOのテドロス事務局長がコロナ感染の拡大を山火事に例えて「自分の土地だけ消化しても他の地域にどんどん火が拡がる」「いったん消火に成功したと思ってもまた火の粉が襲ってくる」としてグローバルな世界各国の協調を求めた。インドにおける二重変異種の感染力が強く、ワクチンに対する抵抗力が強いのであればなおさらである。
人道的見地のみならず、「情けは人のためならず」で世界最大規模のインドの感染が自国にも広がることを防ぐという自国の利益のためにもインドに対する支援が必要である。ドイツやフランスはいちはやく絶対的に不足する医療用酸素の供与などを打ちだしている。
決定打はワクチンの供給である。
EUは自分のところがワクチン不足でインドに送る余裕はない。もちろん敵対関係にある中国製の輸入は考えられない。ここはワクチン接種も相当に進み、生産量も世界最大の米国によるワクチン送付が不可欠であろう。
米国はファイザー社などの契約で輸出に振り向けるのを躊躇(ちゅうちょ)している。しかし、中国との対立を深める米国バイデン政権にとってインドは地政学上ももっとも重要な同盟国である。さらにインドにくすぶる反米感情を拭い去るためにもワクチン供与による協力が不可欠であろう。
また、インドでの感染爆発は、英国や米国で広がる楽観論に対する戒めにもなろう。
ワクチン接種が進み、感染者数も劇的に減った英国では「この夏のバカンスは最高のシーズンとなろう」と新聞などでもはやし立てている。コロナウィルスがどんどん変異して感染力が強まっていくことに対する警戒をおこたるべきではない、というのがインドから学ぶ教訓である。