米国のオバマ大統領が7月24日から26日までケニアを来訪した。第6回Global Entrepreneurship Summit出席が主目的であったが、父親がケニア人であるオバマ氏の大統領としての初の来訪は1週間以上前からメディアを賑わし、さまざまな期待や憶測が飛び交った。
(主にアルシャバブによる)テロ対策のため、入国・出国時間および来訪中の行動時間は明らかにされず、カモフラージュで複数の高級ホテルが押さえられ、米国は500人程度の安全対策要員を派遣し、ケニア側は約1万人の治安要員を首都ナロビに展開させた。ナイロビ市はオバマ来訪に備えて美化工事を行い、市中心部にいるストリートチルドレンを一時的に集めて移転させた(ナイロビ全体では6万人程度のストリートチルドレンがいると言われている)。
オバマ大統領の到着の様子はテレビ中継されたが、ミシェル夫人の姿はなかった。安全対策のため複数の主要道路が閉鎖された一方、携帯電話やインターネットのネットワークが遮断されるとの噂があったが、そのようなことは行われず、来訪中はさしたる混乱は生じなかった。
「オバマが来ると客が減るから商売上がったりだよ」とタクシー運転手などは言っていたが、全国で多くの人々が米国旗やオバマ大統領の顔写真を載せたバッジなどを売る「便乗商売」に励み、乗り合いバスやバイクタクシーなどの多くは米国旗を付けていた(残念ながら、上述の強力な治安維持態勢により、こうした様子の写真は撮影できなかった)。
任期終盤のオバマのケニア訪問は意義深いものである。ケニアのケニヤッタ大統領とルト副大統領は2007年末の前職大統領選挙後に1,200人以上が亡くなり、数十万人が避難民となった暴動に関わったとして国際刑事裁判所に訴追されており、このことがオバマ就任後の大統領としての訪問を阻害していた。
昨年12月にケニヤッタ大統領に対する訴追が免除されたので、訪問の素地が整ったと言える(ルト副大統領については訴追が継続中)。また、ケニアは隣国ソマリアのアルシャバブを駆逐するために軍を派遣しており、「テロとの戦い」に忠実に貢献している。そして、アフリカへの関与が弱かったオバマ政権がやっと東アフリカの経済の中心地であるケニアに足跡を残すことは妥当であろう。
今回のオバマ大統領の訪問により、米国のケニアに対するテロ対策(治安要員の訓練・テロ組織の影響が及んでいる地域への対応・国境警備強化:なお、オバマ大統領訪問に先立ち、うち、ケニア軍に対する9千万ドル以上の支援(前年比163%増)、警察の国境警備に対する450万ドル以上の支援が発表されている)と貧困(経済的貧困と栄養失調)対策への支援が約束され、ケニア側はオバマ大統領に保健・エネルギー分野でのインフラ整備支援を要望した。
米国大統領は援助・投資関連の直属プロジェクトをもっており、ブッシュ前大統領はHIV・エイズ対策としてPEPFAR (President’s Emergency Plan for AIDS Relief)を立ち上げ、現在は世界中(主にアフリカ)の700万人以上がこのプロジェクトの恩恵を受けている。
他方、オバマ大統領のプロジェクトの1つはアフリカの電化促進を目指す”Power Africa”で、アフリカ全体で6千万世帯が電力供給を受け、3万メガワットの電力創出を目標としている。このプロジェクトに対しては企業・世界銀行・アフリカ開発銀行・スウェーデン政府などが計300億ドル程度を拠出し、ケニアでは風力・地熱発電の開発が進められている。
しかし、こうした米国主導の投資は際立ったものではない。やはり中国の存在が大きく立ちはだかる。中国はケニアに対して出力1,000メガワットの火力発電所建設のために12億ドルを拠出し、別に出力50メガワットの太陽光発電と送電網の拡大を支援しており、Power Africaの6倍の金額の拠出を行って2.5倍の電力創出を目指している。隣国のエチオピアにおいてはこの差がさらに顕著で、米国がエネルギー分野での投資を開始していないのに対し、中国は送電網や水力発電所の建設を行っている。
他方、このたびの訪問でオバマ大統領は同性愛者の人権の保護の必要性への言及も忘れなかった。これについては「アフリカの価値観に反する」(ちなみに隣国のウガンダでは同性愛者は終身刑である)として多くの人々が反発していたが、ケニヤッタ大統領もこの忠告には耳を貸さなかった。
オバマ大統領は他に女性の権利や汚職撲滅(折しもオバマがケニアを離れた後、一昨年度の政府支出の監査報告が発表され、120億ドルの国家予算のうち約5%に当たる6億7千万ドルが不正使用であるとされた)の重要性にも言及している。
「テロ対策」と称して、ケニア政府は最近、市民団体やジャーナリストへの圧力を強めているが、民主主義・資本主義国家でありながらケニアがこのような傾向にあるのは、経済成長とこれに大きく関連する中国の投資・援助も要因であると言われている。米国の人権に関する方針・施策も対象や政策によって玉虫色であると筆者は個人的に感じているが、やはり西側諸国を代表する超大国として利権・汚職・人権侵害の弊害が強く見られるケニアに対して人権・民主主義の価値観を訴えることは必要不可欠であると考える。
おそらくケニア政府も米国・中国双方からうまく投資と援助を引き出して、両国の政治的影響力もバランスよく有効活用しようとしていると思われる。本心は「カネは儲けても目障りな人間の権利は抑える」というものなのであろうか。このたびのオバマ訪問はこうした傾向にいかなる意味をもつのか。ケニアにおいても国際政治・経済の縮図のような状況が展開されている。このような中で「治安管理のため」として一時期、追い出されたストリートチルドレンもいつか恩恵を受けられるようになるだろうか。
オバマ訪問がケニアに残したもの |
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カネで存在感増す中国に対抗できるか、米国の民主主義
公開日:
(ワールド)
ナイロビの屋内競技場で演説したオバマ大統領=7月26日、Reuters
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中嶋 秀昭(国際NGO職員)
1970年兵庫県生まれ。日経新聞記者を経て、国際NGO職員として紛争後国・地域を含むアジア・アフリカの10ヶ国以上にて保健・平和構築分野等の支援に従事。現在はバングラデシュでのロヒンギャ難民支援に携わっている
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