民主党大統領候補のジョー・バイデン氏が大統領選に事実上勝利した。しかし、彼の訴える「癒しの時」(time to heal)を迎えられるのか、というと実現はそう容易ではあるまい。そもそも、バイデン氏がトランプ氏を圧倒的に打ち負かしたわけではなく、トランプ氏が2016年に「さびれた工業地帯」と呼ばれたペンシルバニア州、ミシガン州、ウィスコンシン州などでまさかの勝利を収めたのを、バイデン氏が長年の民主党の地盤であったこれらの地域で再逆転しただけ、ともいえる。
バイデン次期大統領は、トランプから敵視されたCNN、NYタイムスらのメディアを味方につけた。さらにビッグテックの集まるシリコンバレーや世界の金融の中心であるウォール街から多額の献金を受けて資金力でトランプ候補を圧倒してきた。それでもトランプ大統領に7,100万票をこえる記録的な得票を許した。トランプ大統領の「米国第一」主義に賛同してきた国民が全体の半分もいる重みは大きい。共和党としてもトランプ氏の利用価値は高く、2024年の大統領選再出馬の声すら上がっている。
そもそも、11月3日の投票日以前は、民主党がブルーウェーブ(民主党のウイメージカラーの青色で、ホワイトハウスと上院、下院の両院を民主党が制する)を起こすとみられていた。しかし、下院は民主党が引き続き過半数を占めたとはいえ、下院での民主党議席数は大きく減りそうだ。上院にいたっては、いまのところ、全議席数100のうち49:48で共和党にリードを許している。
残り3議席のうち2議席は、ジョージア州で民主・共和両党がいずれも50%の得票率を獲得できずに1月に決選投票が行われる予定である。民主党はこの二議席を取れば50:50に持ち込める。これならばカマラ・ハリス副大統領が上院議長となるので民主党の思うとおりに採決が可能となる。
もし上院で民主党が多数を制することに失敗した場合には、バイデン氏と同年齢の78歳である老練の政治家、共和党マッコーニー上院院内総務がことごとく民主党の前に立ちはだかるであろう。まず、民主党左派の人物の閣僚人事や委員長人事を通さないであろう。ともにバイデン氏と大統領予備選で戦ったジャネット・ウォーレン上院議員の財務相就任、サンダース上院議員の予算委員長に就任は、大幅増税や軍事予算の大幅削減につながると見てマッコーニー院内総務が間違いなくブロックするであろう。もし、バイデン次期大統領がスムーズな閣僚任命人事を通したければ、共和党在籍の1~2名を閣僚に登用することであろうが、それでは今度は民主党内が通らない。
バイデン次期大統領が目指す今後4年間で2兆ドルに及ぶインフラ投資、10年で10兆ドルにおよぶ増税プランもマッコーニー院内総務の反対が大きく立ちはだかることになろう。
バイデン次期大統領は36年に及ぶ上院議員生活、8年間の上院議長(オバマ大統領の副大統領としての8年間)と40年以上に及び上院とかかわり外交委員長まで務めている。とくに副大統領としては、当時から上院院内総務であったマッコーニー議員と米国債がデフォルトしかねない国債発行限度額の引き上げやリーマンショック後の財政バランス改善などのタフな交渉をしてきた。今後もその再現がみられることとなろう。
上院で多数を得られなければ、バイデン氏が自由に活躍できるのは得意とする外交面に限られるであろう。すでに気候変動に関するパリ協定や世界保健機構(WHO)への復帰などに手を付けていくとの方針を表明している。さらにトランプ大統領の登場で一気に信頼を失ったドイツ、フランスなどの欧州諸国との関係改善から、中近東での核合意を一方的に破棄した対イラン制裁とイスラエル、サウジアラビアとの関係見直し、そしてもちろん中国との人権問題、貿易問題など多岐にわたる課題を抱えている。
しかし、何よりも上院で多数を占めるか否かが政権安定の成否を握る。民主党も1月5日のジョージア州での決戦投票に向けて、資金の潤沢さを利してこれまでにない多額の資金を投入して勝利を目指していくであろう。共和党もあと1議席を取るか取らないかは天と地ほどの差となる。資金力に劣る共和党は大統領の法廷闘争資金との名目で集めた資金も選挙資金に向けることをいとわないであろう。