英国では、6月23日に2つの選挙区で下院補選が行われた。2選挙区とも保守党候補が惨敗した。
ジョンソン首相がパーティーゲート事件にけじめをつけていないことや9%台の物価上昇で生活苦に陥っている多くの国民の反発を買ったことも響いている。
南西部デボン州にある選挙区では下院の議場でスマホのわいせつ動画を見ていた保守党議員が辞職に置きこまれ、補選がおこなわれて、自由民主党(LibDem)の候補が議席を獲得した。
保守党の地盤である同選挙区で自由民主党候補は、前回選挙において保守党が得た24,239票のリードをひっくり返して6,144票差で勝利した。保守党の歴史でこれだけの優位を逆転された例はない。
なお、1997年に同選挙区が創設されて以来、議席を独占してきた保守党は初めて議席を他党に譲ることになった。
またイングランド北部ウエストヨークシャー州のウエイクフィールド選挙区では少年に対する性的虐待の罪が確定した保守党議員が辞職して補選が行われた。
ここでも労働党候補が勝利を収めた。
この選挙敗北を受けて保守党のダウデン幹事長が責任を取って辞表を提出した。ダウデン氏は「非常に厳しい結果となった。我々は通常通り職務を続けることはできない。誰かが責任を取らなくてはいけない。」と辞職の理由を明らかにした。保守党内では潔い決断とたたえる声が多い。
ジョンソン氏は、コロナ感染拡大の最中に国民に外出禁止などの厳しい自粛を求める一方で自らは首相官邸でスタッフとアルコールも持ち込んだパーティーを開き、警察からも罰金刑を課された。いわゆるパーティーゲート事件である。
ジョンソン氏は、このパーティーゲート事件の責任を問う6月6日に行われた保守党内の党首信任投票を乗り切った。しかし、この時も全下院議員359名のうち、211人が信任を支持した一方、148名が不信任を投じて不信任票が全体の4割強に達していた。
この信任投票は、保守党内の1922年委員会(グレアム・ブレディー委員長)が信任投票を実施すべきという下院議員15%以上の書簡を得て実施された。内規上、本信任投票は、実施後一年間は行えないことになっている。しかし、今回の補選敗北でこの規定を見直して早期実施すべきだとの声も高まっている。
ジョンソン首相は「引き続き、国民の懸念にこたえていき、この苦境を乗り切りたい」と引責辞任を否定した。
補選敗北の背景には性的スキャンダルで辞任を余儀なくされたという個別事情もたしかにある。しかし、ジョンソン首相がパーティーゲート事件で足元の保守党内ですら4割強が不信任を投じるほど国民の間で支持離れが進んでいる事情が大きく響いている。
さらにインフレの高進に伴う「生計費危機(cost of living crunch)」に対する不満が国民の間で募ってきていることも、ジョンソン政権に対する不支持拡大、ひいては補選敗北につながっている。
英国の5月消費者物価(CPI)は前年比+9.1%も上昇、40年ぶりの高水準となった。とくに原油や天然ガスなどエネルギー価格の上昇で電気・ガスの基準価格が4月に5割余り引き上げられた。次回の同基準価格引き上げは10月に行われるが、イングランド銀行では10月のCPIが11%を越えると予想している。
こうした状況下、イングランド銀行は6月16日、5回連続で政策金利を引き上げて年1.25%とした。それでもインフレ抑制につながるめどは立たない。
英ポンドも1ポンド=1.2ドルを割り込み20年3月以来の安値を付けた。同行では23年の国内総生産(GDP)が実質ベースでマイナスに落ち込むという見通しを公表している。
電力・ガス料金や食料品などの生計費が大幅上昇になったことに一般国民の怒りは高まっているのは当然だ。
ジョンソン政権はテレザ・メイ政権が迷走を重ねた英国のEU離脱(ブレグジット)を成し遂げたと評価されて総選挙でも大勝を収めた。しかし、このブレグジットで最大の貿易相手EUとの貿易が落ち込み、外国資本が英国から引き上げた。これが今にいたる英国の低成長につながっている。
そもそもジョンソン氏は2016年に行われたブレグジットの国民投票で「EUを脱退してEU向け補助金がなくなれば英国に毎週病院を新設できる」といった大衆向けアジテーションに組みして「嘘つき」と批判も受けた。
その後のアイルランド議定書でも約束を反故にしようとしてEUから強い非難を受けている。
ジョンソン首相がもし不信任を受けるとすれば、パーティーゲート事件のみならず、ブレグジットの国民投票やアイルランド問題でも見せた「嘘つき」といった体質やブレグジットで英国経済の弱体化をもたらした責任も問うべきであろう。
ジョンソン首相自身は補選敗北後も意気軒高であり、「2024年に再選、2029年に三選されて2030年代に入っても首相の座にいるであろう」と豪語している。