先週、北京に短パンとマント姿でスパルタ兵に扮した欧米男性モデル数十人が現れた。サラダ宅配業者の1周年記念イベントで、半裸軍団に見物人が群れたが、「公共の秩序を乱す」と警察が出動し、パレードは中止。歩道にねじ伏せられた“戦士”もいた。
中国と、古代ギリシャの強国の取り合わせを「笑い話」で片付けてしまうには惜しい。
何十倍ものペルシャ軍を相手に、300人のスパルタ重装歩兵軍団が奮戦し、全員玉砕した「テルモピュライ」の闘いが有名だが、スパルタ戦士の勇猛さには、理由がある。
周辺の部族を平定・隷従させたスパルタ市民は、何倍もの数の奴隷を農耕などに使役し自らは「支配」に専念した。成人男子は兵営暮らしで訓練に明け暮れ、奴隷の反乱に備えた。質実剛健、装飾品を禁じ「鉄貨」を用いた。支配体制維持を願うあまり窮屈な生活に耐えたスパルタ人も、見方によっては“体制の奴隷”かもしれない。
習近平政権の中国も「スパルタのワナ」にはまろうとしている。第2の経済大国にのし上がったのに、国内総生産(GDP)に占める消費の比率は著しく低く、国民の人権や自由は広がるどころか、むしろ締め付けが強まる。
「国家安全法」制定に加え、外国のNGO(非政府組織)を規制する法案や、サイバー空間を規制するネット安全法案、反テロ法案なども審議中という。西洋流の「法の支配」とは似て非なる共産党独裁の道具としての「法で支配」。何しろ、人権派弁護士を一斉拘束する国なのだ。
中国の富豪番付を発表する「胡潤百富」によれば、ランクインした富豪の3人に1人は共産党員。中国の国会にあたる全国人民代表大会の代表のうち資産が多いトップ70人の平均資産は、10億㌦を超すという。支配層が共産党独裁の永続を願うのもうなずける。
代償は大きい。反腐敗運動で大物を摘発、ぜいたくな宴会の自粛、海外留学した幹部子弟の呼び戻しなど、あの手この手を講じるが、システムとしての腐敗防止策は、おろそかである。
例えば情報公開。今でもフェイスブック(FB)も、ツイッターも、規制されているのに、ネット規制がさらに強まりそうだ。インドのFB利用者が1億人を超えたのと対称的だ。非効率で官と癒着した腐敗の温床「国有企業」の改革も足踏みしている。
体制維持が自己目的になって、陰る経済のてこ入れに不可欠な「市場化」や「情報化」が抑えられるなら、中国人民にとっては不幸なことだ。
さてスパルタだが、ギリシャの覇権を争った「ペロポネソス戦争」で、宿敵アテネを打ち破る。だが、天下は短命だった。覇権国に富が流れ込むと貧富格差や支配層の腐敗が顕在化、戦士共同体の団結が壊れたのだ。
今もパルテノン神殿が偉容を誇るアテネに比べ、スパルタの遺跡は実に貧弱。あるいは、征服地の住民に寛大に市民権を与え、帝国を広げたローマの統治に比べるべきか。
習近平主席には、反面教師スパルタ学び、針路転換の勇断を期待したいのだが。
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北京の警察、「スパルタ兵」パレードを鎮圧
公開日:
(ワールド)
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土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
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