3月3日、イスラエル首相のネタニヤフ氏は、米議会にて演説し、米国を含む6カ国で進められているイランの核協議に反対の姿勢を示した。「イランの核兵器開発を阻止することはできない。(協議をすることは)核兵器を多数保有するのを保障するようなものだ」イスラエル防衛のために、「単独でも立ち上がる」などと、39分間にも及ぶ演説で、オバマ政権の政策を牽制する動きを見せた。
この演説の際、米株式市場のダウ平均、ナスダック株価指数は、下げ幅を広げる場面があった。最終的に下げ幅は、縮んだもののダウ、ナスダックともに前日の終わり値に比べ、反落する結果となった。前日まで、ダウ平均は過去最高値を更新、ナスダック株価指数も15年ぶりに、過去最高値圏となる5000の大台に乗るなど好調な動きを見せていた。今回の株価の下落は、ネタニヤフ首相がイランの核問題に触れる発言をしたことによる、地政学リスクを考慮しての動きといえる。
ネタニヤフ首相の発言に対し、オバマ大統領は「新味がない」と酷評した。今回のネタニヤフ首相の訪米は、共和党のベイカー下院議長の招待によるもので、事前にオバマ氏の所属する民主党には知らされていなかった。これに対し、民主党からは外交儀礼に反するとの非難の声も上がり、オバマ氏自身も訪米時の会談を拒否するなど両国の間には、首相の訪米前から不穏な空気が漂っていた。
今回の、ネタニヤフ首相の訪米は、米国とイスラエルの事実上の同盟が大きな転換期を迎えかねないことを示している。米国は、1948年のイスラエル建国を手助けして以来、ユダヤ人国家のイスラエルと友好関係にあった。昨今のような緊密な関係になったのは、1967年の第三次中東戦争で、イスラエルがアラブ諸国に大勝してからであるが、それ以来イスラエルへの援助は急増、1976年~2004年まで米国最大の支援国であった。そのほか、1981年の「戦略的合意」では、イスラエルの武装化を手助けするなどし、国連では、2001年~2009年に米国がイスラエル擁護のために、安保理で行使した拒否権は10回中9回に上るなど国際社会においても、その友好関係は際立っていた。
米国が、これ程までイスラエルに協力的な理由は主に2つある。1つ目は、イスラエルの主要民族「ユダヤ人」の歴史的背景への同情である。ユダヤ人はこれまでの歴史上、「流浪の民」として不遇の民族であった。国をもつこともできず、様々な形で差別されてきた。
20世紀にいたっては、ナチスのホロコーストによる、大量虐殺もあった。そのユダヤ人たちへの同情と、贖罪行為として形になったのが、1948年のイスラエル建国であったと多くの米国人は考えている。2つ目は、米国内に多大な影響を及ぼしている、「ユダヤ人パワー」(Jewish Power)の存在である。米国内の成人ユダヤ系米国人は約420万人(2014年)。全人口の1.8%でしかない。だが、彼らの多くは、政界、経済界、マスメディア、学界などに進出し大きな影響力を発揮している。米連邦議会には、上院に12名、下院に22名ものユダヤ系議員が所属している。上院のジョセフ・リーバーマン国土安全保障・政府問題委員長、同院のカール・レビン軍事委員長などはその筆頭であろう。経済界のIT企業においては、フェイスブック、コンパックの最高責任者(CEO)。マスメディアでは、ニューヨークタイムズ、ウォール・ストリート・ジャーナル、ワシントンポストやテレビの大手3大ネットワークなどのCEOはすべてユダヤ系である。彼らの存在が、米国政府の政策に影響を及ぼしているのは間違いない。
しかし、2009年から大統領の座に就任した、バラク・オバマ氏は、これまでの大統領とは違った政策展開を見せている。前任のブッシュ元大統領は、力による中東への積極介入をしてきた。しかし、オバマ大統領は、イラク駐留軍の撤退など中東の介入には消極的な姿勢を見せている。これに対して、米国が中東にて指導力を発揮するのに慣れていたアラブ各国や、イスラエルには戸惑いが見られた。それに加えて、シリアの化学兵器問題における、ロシアとの妥協、イランの核開発協議などの一連の動きに、中東内部からは「同盟国への裏切り」とネガティブにとらえられている。
オバマ大統領の内向き政策には、共和党を中心に非難の声が上がっている。2014年8月にWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)が行った調査によると、オバマ大統領の外交政策を支持する米国民は任期当初の60%から36%に転落し2009年の就任以来、過去最低を記録した。今回のネタニヤフ首相の訪米も、オバマ大統領の一連の政策に対しての、牽制の動きもあったであろう。イスラエルは総選挙を3月17日に控えて、強硬な姿勢をイスラエル国内に示したかったという狙いもあると見られる。今回の訪米についてイスラエル国内でも支持、不支持が共に38%と拮抗してる。