15日に行われた韓国の総選挙で、政権与党の民主党が、比例政党の市民党と合わせて全300議席中180議席を確保した。国会議席5分の3を占めた計算で、与党幹部も想像できなかった圧勝だった。
1990年には当時の与党だった民主正義党が3党合同によって全299席中218席を占めたことがあるが、選挙を通じてこれほどの議席を確保したのは今回が初めて。韓国メディアは「前例のないスーパー与党誕生」と、警戒まじりの見出しで報道している。
文在寅政権は、徹底した検査と隔離によって新型コロナウイルスの感染を一定程度抑え込んでいる。このため、伝統的な保守層の一部が与党支持に流れた。
さらに、野党は選挙前に大幅な世代交代を進めたため、党内がギクシャクした。党所属の候補者が選挙期間中、不利な状況をひっくり返そうとして失言を繰り返したことなども敗因となったと分析されている。
これによって、国会では政府与党のほぼ思った通りの運営が可能になる。与党は、国会議長席をはじめ、「法制司法委員長」や「予算決算特別委員長」などの主要な常任委員長も手に入れた。国会からの任命同意が必要な首相、最高裁判事、憲法裁判官などに対する任命同意案も民主党の単独処理が可能になる。
▼雇用対策の次は北朝鮮
李海鑽民主党代表は、選挙結果を受けて、「選挙勝利の喜びよりも、重い責任感を感じる」と謙虚な姿勢を見せたものの、スーパー与党が次に何を仕掛けるのか、様々な観測が広がっている。
まずは、雇用対策を打ち出すだろう。文在寅大統領は「経済回復は雇用に始まり雇用に終わる」として、雇用対策の必要性に言及している。公共事業の前倒しや、一時的な緊急雇用の提供といった方策などを検討しているようだ。
コロナ問題が山を越えれば、北朝鮮との交渉再開に乗り出す可能性が高い。北朝鮮は、同国内に感染者がいないと主張している。しかし、感染拡大を警戒している様子が、国営メディアの報道から伝わってくる。韓国は防疫をめぐる協力を手がかりに、関係改善の糸口を探る考えのようだ。
▼権力改革のため改憲も
文大統領の任期はあと2年だが、来年になれば次期大統領選が本格化するため、この1年が勝負となる。このため、文政権は、懸案だった権力構造の改革に本腰を入れるとの見方も強い。
対象となるのは、政治との関係が指摘される検察、情報機関の国家情報院だ。また雇用創出や格差問題の解消を包括的に進めるという「社会的経済基本法」の制定も、民主党の立法リスト上位に上がっている。
権力構造の改編を盛り込んだ改憲案が議論される可能性もある。憲法に書き込めば、将来政権交代が起きても、元に戻すのは容易ではないからだ。
「未来統合党」は比例代表と合わせて103議席となり、改憲を阻める100議席をかろうじて維持している。ただ、韓国紙によれば、与党の有力議員のひとりは「与党の単独改憲は難しいが、改憲が必要だという議員が多い。一部野党票を巻き込めば、改憲が現実できる」と話している。
文大統領は2018年3月、大統領自らの改憲案を発議したが、廃案となっており、強い意欲を持っているのは間違いない。左派政権が目指す、理念優先政治がますます目立つことになるだろう。
▼米国との関係悪化の可能性
米国とは、昨年暮れから続く在韓米軍の駐留経費交渉が難航し、結論が出ていない。今年になって、韓国側が2019年から13%引き上げるとの合意案を提示し、合意近し、と見方が報じられた。
ところが、この案をトランプ米大統領が蹴ったと伝えられ、再び宙に浮いている。この4月からは、在韓米軍基地で働く約4000人の韓国人職員の無給休職が始まっている。このままもつれて行くと、在韓米軍の縮小論議が始まるだろう。米国との関係悪化も考えられる。
日本との関係改善について、選挙戦でもテーマにならず与党側から目立つ発言はほとんどない。むしろ、韓国メディアには、新型コロナウイルスの感染が広がっている日本に対して、冷ややかな報道が目に付く。
元徴用工問題では、近く被告企業の資産売却が行われると見られている。そうなれば日韓関係はいっそう悪化するが、文大統領は特に関心を見せておらず、日本とは距離を置くというのが基本方針のようだ。
韓国、「スーパー与党」誕生 北朝鮮に接近へ、米国とは関係悪化か |
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改憲に着手、日本とは距離も
公開日:
(ワールド)
文大統領=Reuters
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五味 洋治(東京新聞論説委員)
1958年生まれ。中日新聞社入社後、韓国延世大学留学。ソウル支局、中国総局勤務を経て、米ジョージタウン大学にフルブライトフェローとして在籍。著書に「父・金正日と私ー金正男独占告白」など。
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