バイデン政権の外交姿勢には、世界のリーダーに復帰するという気構えが感じられない。3月3日のブリンケン新国務長官のテレビ中継での外交演説を聞いて、その認識をさらに強めた。
新政権発足後では初のまとまった新長官演説。約30分も話したこともあって、米国メディアのみならず世界の多くのメディアが内容を報じた。「米国務長官『中国が国際システムの唯一著しい脅威』」(ブルンバーグ)のように、押しなべて対中国への強硬姿勢を見出しにとって紹介した。
しかし、具体的な方策への言及は皆無と言ってよく、少し意地悪く言えば、バイデン氏の大統領選挙の際の公約を整理し並べ立てたような内容だ。各国の外務省は拍子抜けしていることだろう。メディアが中国で見出しをとったのも、脅威という言葉に引っ張られたからで、ほかにニュース性という「新規さ」を演説に見い出すことができなかったからなのだろう。
内容を少しみてみよう。優先度の高いテーマを8つ挙げている。列記すると①新型コロナウイルス対策②世界経済回復③民主主義の再生④移民対策⑤同盟国との関係再構築⑥気候変動対策⑦ハイテク分野での米国主導⑧中国問題ーーである。
どれも国際的に解決が必要な課題ではあるが、コロナは一義的には保健福祉省の担当であり、他国との連携も、国務省が前面に出ることはない。経済回復は財務省、気候変動は環境保護庁、ハイテクは商務省など、実際に司るべきは国務省でない案件が並んでいる。
国務省が所管すべき安全保障や2国間関係がからむテーマは、民主主義の問題や同盟国問題、中国問題などが挙げられているが、どれも原則が述べられているだけで具体策はスルーしている。中国問題は「脅威」という言葉を使っていて一見すると過激だが、当面の課題である台湾、香港問題や新疆ウイグル自治区の問題などはまったく触れられていない。
イランの核開発については1か所触れてはいるが、どう対応するかへの言及はない。ミャンマーについても事実上何も語らなかった。
演説の特徴と言えるのは、外交演説なのに内向きなことだ。「国際問題は普段の米国での生活に関係していないように見えがちだ」と指摘しながら、米国人のニーズや願望につながるように外交をしていくと唱え、『米国人のための外交』を強調している。
外交は突き詰めれば「国益」の実現であるので、国民の利益を考えているといのは至極正しい。しかし、「外交は米国人労働者とその家族のためにある」という発言などを聞くと、有権者に媚びているような印象も持ってしまう。
演説にはトランプのトの字も出てこないが「アメリカンファースト」で有権者に訴えたトランプから、国民の支持を取り戻したいという「希望」が透けて見える。
軍事力を背景にしない外交はないとしながらも、高くつく軍事行動は極力避けて、外交で解決していくと述べている。民主党らしく自制的で好感が持てるが、アフガニスタン、イラクからの米軍撤退を実現できれば、米国内での支持は高まると考えてもいるからだろう。
繰り返しになるが、演説は全般にわたって、外交というより国内を意識したメッセージに仕上がっている。どんな大国であろうと、現実には外交は内政の裏返し、内政を反映したものにならざるえないのだから、国務長官の「演説」が内向きであることは悪いこととはいえない。
また、政権発足からまだ1か月ちょっとしかたっていないのだから、「公約」から踏み出していないことなどで辛い点をつけるのは行き過ぎかもしれない。同盟国などパートナーとの意見のすり合わせがまだできていないということもできるだろう。
しかし、外交は原則も大切だが、具体的に交渉相手を米国の土俵に引き上げるテクニックや実力も重要だ。そうした手練手管を使って「成果」を確保してこそ、国内世論もついてくる。その意味では演説に具体策があまりに乏しいことには懸念を持ってしまう。
たとえば、ミャンマー。米国はクーデターからそれほど間をおかず、国軍司令官を含む軍人10人や軍閥企業3社への経済制裁を実施したが、ミャンマー国軍サイドには実害は少ない。「実効性が少なく、やっている感を出すためだけの措置」(東アジアウォッチャーの近藤大介氏)という内容だ。
イランでも大統領選を控えて同国サイドが強硬になるなかで、うまい打開策を打ち出せずにいる。今後、地域紛争の芽がでてきたときにバイデン政権が相手の急所を突く外交を展開できるのか、危なっかしさを感じる。
国務長官演説は国民へのリップサービス的な要素ばかりが目立つ「内向きな外交演説」に聞こえた。新長官はバイデン氏が連邦上院議員として上院外交委員長を務めていたころからの外交政策での腹心であり、バイデン氏に忠実な人物として知られる。演説に表れたのはブリンケン新長官の個性というより、バイデン色がにじんだ、と見た方がいいだろう。
内向きで危機時の外交がないがしろになる心配はないか。ヒトラーの暴走を助けてしまった英国のチェンバレン首相(当時)のような、融和という名の弱腰外交になってしまわないか。
1年ぐらい後に、中国の方が外交上手にみえていないか、米国内で「トランプの方が頼もしかった」というような声が広がっていないか。バイデン外交に、そんな不安を感じる。
バイデン内向き外交に危うさ |
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新国務長官の外交演説はスカスカ、まだ1か月とはいえ
公開日:
(ワールド)
ブリンケン国務長官=国務省提供
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土屋 直也(ニュースソクラ編集長)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設
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