フィリピンでもトランプ現象か—。6年に一度のフィリピン大統領選挙で南部ミンダナオ島最大の都市ダバオの市長、ロドリゴ・ドゥテルテ氏の当選が確実になった。「犯罪者は殺す」といった過激発言の連発で、米大統領選を席巻するドナルド・トランプ氏に例えられる。現職のベニグノ・アキノ大統領の下で「東南アジアの奇跡」と称された経済発展を維持できるかどうかは、不透明だ。
「フィリピンのトランプ」と呼ばれる前は「ダーティーハリー」がニックネームだった。1988年にダバオ市長に就任して以来、徹底した犯罪対策を推し進めてきた。自前の「処刑団」を組織し、超法規的に殺害した人数は1000人を超すとの説もある。事実なら法治国家では許されざる行為だが、悪を力でねじ伏せる米映画の主人公にだぶらせるフィリピン有権者も多かっただろう。
父親をマルコス独裁政権下で暗殺されたアキノ大統領は「独裁者を復活させてはならない」と警鐘を鳴らしていたが、本人は意に介さない。投票を目前にした候補者による討論会でも「大統領になっても法の範囲内で犯罪者を殺害していく」と吠えた。
人権意識には疑問符がつく。レイプ事件の被害者をからかうような発言で物議を醸した。米国やオーストラリアから抗議されたが、「黙れ。大統領になったら(両国との)関係を断ち切ってもいい」と断交までちらつかせて一蹴した。強面ぶりは内外を問わない。
そんなドゥテルテ氏が柔軟な態度をみせている相手が中国だ。「私の祖父は中国人。だから中国とは戦争しない」「中国がテーブルについてくれたら話し合いをする」。中国とは南シナ海で領有権問題を抱えているにもかかわらず、対話重視をにじませ、外交でも親米路線のアキノ政権とは一線を画す。「ドゥテルテ大統領」が実際に親中へ傾斜すれば、アジア地域のパワーバランスが変化する可能性もある。
選挙戦の序盤は上院議員のグレース・ポー氏がリードしていた。法人税の減税や交通インフラの充実などを唱えていたポー氏は経済重視。捨て子だったが、かつて大統領候補にもなった俳優フェルナンド・ポー・ジュニアの養女として引き取られ、権力の階段を昇る生い立ちにもドラマ性があった。
しかし、アキノ氏が自ら後継指名したマヌエル・ロハス前内務・自治相とともにダバオ市長の後塵を拝した。経済は急成長したものの、有権者の関心は犯罪や格差に向かった。成功モデルとみられていたアキノ政権の経済や外交を継承しようとした選挙戦術は失敗。既成政治にはない魅力を放つアウトサイダーに支持は集まった。
もっともトランプ氏が共和党候補の指名を確実にしてから口を慎んでいるように、「ドゥテルテ大統領」が現実路線に転じるシナリオも否定できない。地元ミンダナオ島は長くイスラム過激派の最前線で、外資には近寄り難かったが、もともと金、銅、ニッケルなど天然資源の豊富な土地だ。人口も2000万人。和平への道のりとともに日本などからの資金も流入してきた。経済政策については多くを語ってこなかったが、国民生活の安定に有力国からの支援が欠かせないことは身に染みてわかっているだろう。
フィリピンでは米国のような二大政党制は確立していない。大統領選びはより人物本位だ。7000もの島に分かれるだけに最大の武器は知名度。元大統領の子女やテレビのスターが強い。ドゥテルテ氏はその人気投票を過激な物言いで制した。6年後の次期大統領選挙までアキノ時代の繁栄を懐かしむ声を封じるにはパフォーマンスだけでは不十分だ。