世界各国が新型コロナ・ウイルス感染で壊滅的な打撃を受けた自国経済の立て直しに苦闘している。金融、財政両面で様々な政策が打ち出されるなかで、日米欧やアジア諸国で採用されたのが、国民への現金支給や収入が大幅に減った自営業、フリーランスへの所得補償である。
一方、コロナ感染の発信源である中国では減税、社会保障費用の減免など中小企業向け対策が打ち出されてはいるものの、国民への現金給付はなく、各地域が使途限定の金券を配付する程度。習近平政権が直接給付に消極的なのななぜか?そこには中国共産党の本質が潜んでいる。
安倍政権の対コロナの経済政策の目玉は、公明党の要求で急転直下決まった条件なしの国民1人あたり10万円の「特別定額給付金」。事務経費含め総額は12兆8803億円にのぼり、2019年の日本の国内総生産(GDP)のおよそ2.4%にあたる空前の規模の直接給付。米トランプ政権は年収7万5000ドル(約830万円)以下の世帯に大人1200ドル、子供500ドルを支給する。
それを上回る収入の世帯も減額されるものの一定金額が付与される。給付総額は5000億ドル(約53兆円)にのぼる見通しで、GDPの2.3%程度になる。欧州各国も自営業者、フリーランス向けの大口の現金給付、シンガポールやタイ、インドなども直接給付を検討している。
コロナ・ウイルス感染の発端となった中国は早い段階で中小企業向け対策を打ち出すとともに、預金準備率引き下げ、政策金利の引き下げなど矢継ぎ早の対策を打ち出したが、日米のような国民への直接給付は政策議論にものぼっていない。広東省、浙江省、山東省の一部の都市や上海市などが50元~500元(780円~7800円)といった規模の使途限定の商品券を配付するのみで、それも配付枚数に上限がある。
中国経済は政府の経済活動再開の大号令とともに3月に入って、力強く回復しているようにみえるが、経済活動が止まっていた2カ月間に払い出した在庫を補充する動きを含んでいる。製造業購買担当者指数(PMI)は2月の35.7から3月には52.0と急回復したものの、4月は50.8と再び低下している。
消費の回復が鈍いことが大きな要因だ。雇用と収入に不安があるなかで、必需品の消費すら抑制している消費者の空気を変える一案に現金給付があり、経済学者や一部メディアから提案も出始めている。
四川省成都にある西南財経大学の家金中心(家計金融研究センター)主任の甘犁教授は、①16歳未満の子供及び高齢者に1人あたり1200元(約1万9000円)②賃貸住宅居住者に大都市で1800元、中規模都市で1320元、その他で960元③住宅ローン利用者に1200元--などそれぞれ1回限りの現金給付を提案している。
甘教授の試算では、中国の全世帯の70%にあたる3億2600万世帯が支給対象となり、総額は7500億元(約11兆6250億円)になる、という。ほぼ日本と同規模の給付総額。
中国政府の予算規模(中央一般予算)は2019年に約11.2兆元(当時のレートで約185兆円)で、101.4兆円の日本の約1.8倍。公的部門の累積赤字の対GDP比はともに260~280%という深刻な規模だが、中国政府にとって7500億元は決して支出できない額ではない。
しかも国民の90%以上が支付宝(アリペイ)、微信支付(ウイチャットペイ)のスマホアプリの電子決済を利用しており、給付の事務作業は日米に比べはるかに容易なはずだ。にもかかわらず、国民への直接給付が話題にすらのぼらないのはなぜか?
大きな要因は、選挙のない非民主的な政治制度にある。公明党が安倍政権に連立離脱もちらつかせて「一律10万円」の現金給付を迫った背景には、支持母体であり集票組織である創価学会の意向があることは広く知られている。自民党内にも選挙を考え、そうした要求があった。
米国やカナダ、欧州諸国でも直接給付は国民の支持獲得の有力な手段であり、政権党は飛びついた面がある。選挙のない一党支配の中国では、共産党はバラマキによる支持獲得に走る必要はなく、「コロナ戦勝利における中国共産党のめざましい成果」を宣伝するだけでいい。
もうひとつ見逃せないのは、市場経済化して30年近くたっても変わらない中国共産党の計画経済的、中央集権的な発想と政策手法。消費者たる国民に資金を渡し、自由な消費に任せるよりも、国有企業を中心とする企業に資金を回し、投資、雇用などを政府がコントロールしようという発想といえる。
ちら
日米欧などの国民へのバラマキ政策がいいのか、中国の統制型対策が効果を生むのか、言い換えれば、日米欧などのデマンドサイドへのアプローチと中国のサプライサイドへのアプローチのどちらが効果的なのか、アフターコロナの世界のひとつの見所でもある。