オバマ米政権が、中国が埋め立てを強行した南沙諸島の滑走路などを持つ岩礁の12カイリ以内に艦船を派遣した。今後も継続的に付近を航行する方針を示している。南シナ海の緊張は一気に高まったようにみえる。
だが、米中の偶発的な衝突、交戦にまで発展する可能性があるかといえば、ほとんどないだろう。習近平政権が対外発展で最も重視する戦略は「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀の海のシルクロード)」であり、南シナ海の領土、領海ではないからだ。
南シナ海にかかわるのは「海のシルクロード」だが、その意味は「中東、アフリカからのエネルギー輸入ルートの確保」と「欧州向けの海上交易路の拡大」にある。中国が経済成長を持続するためには原油、天然ガスの輸入拡大が不可欠であり、その供給源は資源の余力から中東、アフリカとならざるを得ない。
一方、環太平洋経済連携協定(TPP)が合意したことで、中国のTPP諸国との貿易から次第にはずされていかざるを得ない。といって中国がTPPに加盟するのは国有企業と農業というふたつのアキレス腱がある以上、困難。中国にとっては欧州との結びつきこそこれからの成長を担保する。
「海のシルクロード」をみればわかるが、中国の弱点は南シナ海ではなくマラッカ海峡とそれ以西のインド洋にある。中国からあまりに遠く、海軍艦艇を常時派遣し、海上ルートの防衛にあたらせる力もない。とすれば、中国は何よりも東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係を重視しなければならない。岩礁埋め立てをめぐって、南シナ海でベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシアなどと関係を悪化させるのは目的にそぐわないのだ。岩礁埋め立てはそれをわかったうえでの布石とみるべきだ。
ある段階で、埋め立てた岩礁からの撤退あるいは岩礁の中立化を中国側が言い出したらどうなるか?中国側は同様に岩礁埋め立てで滑走路島をつくったベトナムとフィリピンにも放棄を要求できるだろう。また、強烈に威嚇した後で軟化すれば、中国側が大幅譲歩したという印象をアジア諸国や世界に与えることができる。米国や日本が強硬的な対応とりつづける論拠も失われ、南シナ海の非武装化、中立化まで持っていけるかもしれない。それこそ米海軍の影響力をアジアから排除する策略となる。
中国が岩礁を埋め立ててつくったのは滑走路ではなく、交渉のための譲歩材料、強硬策を取る米国を地域から消すための落とし穴なのだ。砂上の滑走路に目を奪われて、中国が仕掛けている外交策略の真意、目的を見失ってはいけない。
南シナ海、譲歩材料のための人工島建設 |
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習近平政権が外交戦略として南沙へ布石
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(ワールド)
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五十嵐 渉(ジャーナリスト)
大手新聞記者を30年、アジア特派員など務める。経済にも強い。
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