2016年が明けた。今世紀に入って成長の熱気で走り続けてきたアジアは踊り場に入るだろう。経済面はもちろんだが、政治外交面での閉塞感が深まり、対立は局所的な軍事衝突に発展する可能性もある。
中国経済の減速はさらに深まり、過剰となった鉄鋼、液晶パネル、自動車が津波のようにアジア市場を襲うだろう。東南アジア諸国連合(ASEAN)が昨年末に発足させた経済共同体、AECなど前向きな動きもあるが、アジアにとって政治経済的に多難な年の気配がある。
その1(政治・軍事)
年初の注目点は台湾総統選挙後の習近平主席の対応である。総統選は民進党の蔡英文氏の勝利は間違いない。蔡氏は選挙期間中なので中国との全面対立を避けていたが、就任後は「事実上の独立路線」に大きくハンドルを切るだろう。大陸では習政権の強権体質が強まっており、台湾に対し統合に向けた動きを強要する恐れが大きいからだ。
そうなれば、「21世紀のアジアの鉄の女」として蔡氏は中国に対しはっきりした姿勢を打ち出す。中台関係は1996年の海峡危機の再来のような緊張になるかもしれない。すでに昨年末、米国がフリゲート艦など4年ぶりに台湾への武器売却を決めたことで方向は固まっている。
台湾が強気に出られる背景には台湾資本の中国本土からの段階的撤退がある。台湾からの最大の対中投資企業である鴻海精密工業(ホンハイ)は中国拠点を静かに縮小し、ベトナム、インドネシア、バングラデシュなどへ静かに移転している。
台湾企業の集積する広東省は中国の輸出競争力低下で最も大きな打撃を受けているのだ。台湾があからさまな大陸離れ進めた時、習政権がそれをどう止めるか。
必要と判断した時に軍事力を行使する胆力があるのか?英国のサッチャー首相を相手に軍事力行使を厭わず、香港返還を実現させた鄧小平氏のような胆力は期待できないだろう。習主席は軍歴もカリスマ性もないまま、人事権と組織改革で人民解放軍を掌握しようとしているだけだからだ。
アジアの最大の懸案になった南シナ海での中国の人工島造成は、大きな壁にぶつかりつつある。昨年9月の習主席訪米で、中国の「新大国関係」の呼びかけを拒否した米オバマ政権は中国と対峙し、行き過ぎを押し戻す戦略に転じた。
南シナ海はその最大の舞台であり、日本、ASEAN、豪州なども足並みを揃えて、中国のこれ以上の拡張を止める考え。南シナ海の領有をめぐるフィリピンの国際仲裁裁判所への提訴は中国側の欠席のままでも受理され、いよいよ今年、審理が始まる。
中国は和戦両様でこの局面に対応するが、関係を悪化させたくない習政権が甘い対応をとれば、現場での軍の暴発もあり得るだろう。米国、日本、ASEANの陣営と中国との「南シナ海・チキンレース」は今年も不穏だ。北朝鮮の政権崩壊、すなわち金王朝の終焉の可能性とともにアジアには硝煙の香りが漂う。
その2(経済)
中国経済は今年、6%の成長すら達成できない可能性がある。15年の成長率は6.9%になった模様だが、年の後半に経済がどんどん悪化するという従来にないパターンだった。
江沢民、胡錦濤政権では成長率が下がるとみるや中国政府は第4四半期に財政投資を拡大、成長率を押し上げ、通年の数字をなんとかつくってきた。「第4四半期は高成長」は中国経済の常識だったのだ。
習政権ももちろん財政出動でのてこ入れを夏以降激しく行ったが、局所的な数字の改善のみで景気全体は無反応だった。中国でも財政で成長をつくれる時代は終わったのだ。
バブル崩壊後の90年代の日本とうりふたつだ。今年は6%台を死守できるかがポイントだが、可能性はあまり高くはないだろう。
落ちる中国経済の影響はアジア全体に広がっている。韓国は24%、タイは20%、インドネシアは17%など中国が輸出の最大の相手先という国はアジアに多い。
そうした国の貿易赤字拡大の打撃は今年、本格化する。さらに中国の各産業分野で深刻化している過剰生産の解決に中国政府はアジア向け輸出を一段と拡大しかねないからだ。
世界の生産のほぼ半分を占め、過剰生産能力が3億トンを超える鉄鋼は国内では到底、過剰生産を解消できず、輸出にドライブをかけている。
中国の鉄鋼輸出は昨年、前年比2倍の1億1500万トンにのぼった。世界第2位の鉄鋼大国、日本の生産量にほぼ肩を並べる。同じく世界最大の生産量をほこる自動車も国内不振で輸出に目が向き、合弁先の外資と協議を進めているという。
鉄鋼で3億トン、自動車で2500万台など世界需要の10~20%にものぼる過剰生産能力の処理は内陸開発や「一帯一路(シルクロード経済ベルトと21世紀の海のシルクロード)」を推進しても容易ではない。既に鉄鋼は日本やASEANで急増しており、「中国はモノではなく、過剰生産能力を輸出する時代に入った」とも評される。
タイも厳しい状況だ。14年5月のクーデターで政権に就いたプラユット軍事政権は長期化しつつある。ただ、国内の選挙状況は農村、農民や新興企業が支えるタクシン派に優勢。
軍政は民政移管の方法とタイミングがまったく見えなくなっている。政治の悪化によって、これまでタイ経済の成長を演出してきた外資も逃げ始めている。
タイも含まれるASEAN経済共同体(AEC)や参加に意欲をみせ始めた環太平洋経済連携協定(TPP)を活用した成長の第2ステージをに移れるかがタイの命運を握り、それは今年、はっきりしてくる。
中台関係、96年以来の軍事緊張も |
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2016年多難なアジア、中国から静かに撤退する台湾企業
公開日:
(ワールド)
Reuters
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五十嵐 渉(ジャーナリスト)
大手新聞記者を30年、アジア特派員など務める。経済にも強い。
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