英国のEU(欧州連合)離脱(BREXIT)を選んだ英国民投票の後、この欄に「恐れるべきはAMEXIT」と題して書いた。トランプ大統領の当選で、そのAMEXITが始まる。
4か月前のコラムでは、AMEXITをこう定義した。米国の「戦後の国際秩序の後見人で、安全保障に力を入れ、自由貿易を擁護し、グローバル化の側に立ち続けて来た立場」からの離脱と。
不法移民は追い返し、メキシコ国境に巨大な壁を築き、イスラム教徒の入国を規制し、海外駐在米軍の経費をばっさり削る、と言い、TPP(環太平洋経済連携協定)絶対反対を明確にしたトランプ氏こそAMEXITを体現する人物だ。
世界にとって2つの大きなリスクが考えられる。安全保障の面と、経済面のグローバル化の後退=保護主義台頭のリスクだ。
前者では、国際秩序への挑戦を露わにしてきたロシアと中国が、ますます勢いづく心配がある。
ロシアはクリミア併合、ウクライナへの干渉、シリアのアサド政権側に立ったアレッポ空爆などで、西側との対決姿勢を強め「新冷戦」の表現すら出る。
中国は、南シナ海や東シナ海で強行策に出ている。東アジアにおける冊封体制の再現を目論んでいるのかもしれない。
これまで国際秩序を乱す試みには、米国が要になって西側同盟国を結束させ対処してきた。その米国が「内向き」に転じれば…。欧州や東アジアの安全保障環境が悪化することは避けられまい。
経済面では、TPPに反対どころか、既存のカナダ、メキシコとのNAFTA(北米自由貿易協定)の内容刷新まで主張するトランプ氏が、反グローバル化の立場なのは、はっきりしている。
支持者の核が、古い工業地帯「ラスト(錆びた)ベルト」の白人労働者。グローバル化に取り残された人たちが支える政権が自由貿易を勧めるはずがない。移民や難民に反対する欧州のポピュリズム政党とも共鳴して、世界的な保護主義の流れをつくりかねない。
1870年ごろから第1次大戦の勃発(1914年)前までを「第1次グローバリゼーション」と呼ぶ人がいる。それが頓挫して起きたのは2度の大戦、大恐慌などの凶事。グローバル化の後退は喜ぶべきことではない。
世界政治の重要なアクターに「ストロングマン」が増えた。プーチン露大統領は代表だが、習近平中国国家主席も自らを「核心」と呼ばせ独裁色を強めている。トルコのエルドゥアン大統領もしかり。新顔ではドゥテルテ比大統領。そこにトランプ氏が加わる。
何やら、ヒトラー、スターリン、ムッソリーニらがパワーゲームを展開した1930年代に似ていないか。
オバマ大統領が「米国は世界の警察官ではない」と明言したのは3年前だ。世界における米国経済のシェアは漸減していて、軍事費も制約を受ける。AMEXITは、長い目で見た歴史の必然かもしれないが、急激に起きると準備が整っていない世界は困惑する。
心配しすぎかもしれないが、4か月前のコラムの結びを繰り返す。「早すぎるAMEXITはローマ帝国崩壊後の地中海世界のようなカオスを、世界にもたらすかもしれない」
AMEXITが始まる |
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トランプ氏勝利は、世界にカオスをもたらす
公開日:
(ワールド)
CC BY-SA /
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土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
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